SENN Project Japanese: 2003 スリランカトリップ (Dig-it Zine)

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2006年06月24日

●2003 スリランカトリップ (Dig-it Zine)

冗談で「行く?」といわれて「行こっか」と乗ってしまい、あれよあれよと実現してしまった光太郎とのスリランカ旅行。自分の人生の中でも写真に関しても、そして「文明社会」にどっぷり漬かってしまっている自分の視野がいかに狭かったかを知った旅となった。またこんな素敵な旅がしたいものです。

 7月のある日、(田中)光太郎と電話で話していた時のことだった。

「俺さー、今度スリランカ行こうと思ってるんだよね。大会絡みで色んなところ行ってるけれど、全然関係ないところに行きたくってさー」

と例の光太郎節で切り出した。

「いいねー。俺も行ってみたいね」とちょっと生返事気味に言うと、

「マジ?じゃ、一緒に行く?」と、とんとん拍子に話は進み、気がついたらチケットを手に、光太郎とともに成田空港に立っていた。

スリランカ、といわれても、中学校とかの社会で習った紅茶のプランテーションと、インドの下にある島で、昔はセイロンと呼ばれていた、ってことくらいしか知らない国だ。英語は通じるのだろうか?いつもどこに行くにも、ある程度の下調べをしていくのだが、今回は前日に本屋にかけこんで、慌てて地球の歩き方(ガイドブック)を買ったくらいの無計画さで、ちょっと不安がよぎるも、臨機応変な光先輩(最近シャーリーが光太郎をこう呼ぶらしい)がいるので、まぁ大丈夫っしょ、と何をするかも決めず、成田を飛び立った。

 マレーシアのクアラルンプール経由で14時間。スリランカの首都、現地の深夜12時に、スリジャヤワルダナプラコッテに到着した。飛行機はモルジブ行きの飛行機で、途中でスリランカに止まって、タラップで空港に降りる、という飛行機で途中下車、というのは初めてだったので、ちょっと驚いた。外に出ると、南国特有の生暖かい風が頬をなでる。

夜に成田を出発して、14時間。ほとんど寝てなかった&現地に着いても深夜、というのもあってドッと疲れが出てきた。光太郎も眠そうだ。光太郎がチャリに空気を入れ始めてたのだが、突然「パーン」というイヤな音が。ハッ、とタイヤを見ると、タイヤは大丈夫だ?とその横にチューブが外れているポンプが。ポンプのチューブと本体の部分の接合部が破裂している。しかも空気を入れ終わったところでお亡くなりに。「なんかの前触れじゃねー?」と内心びくびくしながら空港でお金を換え、換金所のおっちゃんが「あそこのタクシー会社がいいよ」と教えてもらったところでタクシーを呼んでもらった。飛行機の中で決めたプランに従って、まずは近郊の街で、前首都だった街、コロンボへ向かうことにした。

 ここで慌てて購入した地球の歩き方が大活躍。コロンボ近郊の安いホテルが載っていたので、まずはその1つに目星をつけて、向かうことにした。だが車はどんどん一般の家が立ち並ぶ地域へと入っていく。かなり不安になったところで、タクシーの運ちゃんも不安な顔で、「ここ?」と止まったのは、まさに何の変哲もない普通の家。おそるおそる呼び鈴を鳴らす。シーン。気まずい沈黙が1分くらい続いたところで、人が出てくる音が。本当に普通の家で、文句言われるだけなのかな・・・と不安になって、出てきたのはおばちゃん。恐る恐る「ここはユースホステルですか?」と聞くとそうだ、という。だが空きがあるか、と聞いてみると空きが無い。仕方が無いので、地球の歩き方に載っている安いホテル、YMCAとかを上から片っ端に回っていくのだが、すべて満室。

 光太郎はすでにタクシーの後ろでグロッキーになって口を半開きにして玉砕している。夜中の2時に空港を出てから、もう時計は3時半を示していた。自分は気が張っているので、あまり眠くない、と思っていたが、さすがにちょっとまぶたが重くなってきた。そこで日本のホテルよりちょっと安いくらいで、部屋数が多いホテルを選び、そこに向かう。フロントで聞いてみると、部屋に空きがあるという。しかもちょっとフロントの前で待っている間に、オレンジジュースも出てきた。なんてサービスのよさ!で部屋に行くと角部屋とはいえオーシャンビューで、しかも目の前にはプールがある!まさにリゾート。ちょっと気分があがったところで、気が付いたら寝ていた。

 朝になって、外を見ると雨がパラついている。ちょっとブルーになったが、天気ばかりはしょうがない。ホテルの1階にあるレストランに向かって、スリランカ到着後初のカレーを食す。美味い。マトンカレー、というと日本だとパサパサしたイメージしかないのだが、ビーフのようにコクもあって脂も乗っていて、本当に美味い。本場では何でも美味い。

腹ごしらえが出来て、部屋に戻り、窓の外をみると、先ほどまでの雨があがっているようだ。チャリは持っていけなさそうだが、とりあえず外を散歩しますか、と外に出てみる。

 するとホテルの前に止まっているトゥクトゥクのドライバーが執拗に乗れ、と言ってくる。1時間で2000ルピー(2500円くらい)だ、とメチャクチャな値段を言ってくるので、無視。最後にはウチには病気の奥さんがいて・・・みたく泣きついてくる始末。面倒くさいのでそのまま無視して振り切る。

アテもなくテクテク歩いていると、今度は青いトゥクトゥクに乗ったオッチャンが話かけてくる。いったん通り過ぎたかと思うと、その先で待っていたりと、こちらもなかなかしつこい。でも「1時間300ルピー(360円くらい)でどうだ?」とこちらはまぁ両心的な値段。でも「2時間で300ならいい」と値切って、トゥクトゥクに乗り込む。オッチャンが自己紹介して、「俺はコマだ」という。やたら英語が上手い。オーストラリアの人とかのお抱え運転手とかをやっていたらしい。そのコマに適当に回ってくれ、と頼むと、とりあえず最初に向かったのはヒンドゥー寺院。観光地らしく、また寺の前に怪しげな奴らがたむろしている。ま、いっか、とそのまま寺院に向かって進むと、蛇使いのおっちゃんがヘビを見ていけ、と光太郎を呼び寄せて、コブラを光太郎の首に巻いたりして、自分がその光景を写真に撮ったりしていたが、じゃ、という時に1000ルピーをせびられ、しかも近くに立っていただけのオッサンにも100ルピーを勢いで渡してしまい、かなりムカつく。

むかつきながら寺院にたどりつくと、また人がワラワラ寄ってきて、靴を預けろ、と靴を持っていかれる。寺の中に入ると、ドラムの音にあわせて礼拝が行われている。よくテレビとかでアフリカの人たちがドラムを叩く音があるが、ここのは少し違う。黒人の強烈なビート感、というより変幻自在な変則的なリズムで、トランス状態に持って行かれそうになる。しばらくその音に酔った後、外に出ると、今度は靴を預けたオヤジどもから靴を返しがてらにたかられる。2人で100ルピーくらい渡して無視。ほんとうにウザイ。「面倒くさいので、観光地は回らなくてもいいから、そうじゃないスポットを回って」とコマに注文して、大通り沿いの、人気がないお寺とを回る。コマがそこでシンガポールの4人の神の話をしてくれたりして、結構おもろい。そこからまた別のお寺に行くと、そこはお寺と小学校が一緒になっていて、子供がたくさん人懐っこい笑顔を見せてくれる。そこで仏像や子供の写真を撮ったりして、帰りに絹糸できたミサンガのようなものを右手に巻いてくれた。これはお寺のお坊さんが作ったもので、これが切れる時に、悩みもすべて無くなる、ということらしい。

次の場所に移動する最中、「暑さでノドが乾いてきたから、どっかで飲み物を買いたい」とコマにいうと、「そこで飲もう」と道端でココナッツを売っている親子の前にトゥクトゥクを停めた。そこでココナッツジュースを補給。飲んだ後は皮を割ってくれて、中身のココナッツミルクもココナッツの皮で作ったスプーンで食べてみる。やっとなんか南国気分を味わえた。これで10ルピーだそうだ。ココナッツには色々種類があって、飲用にするのはオレンジ色の外皮を持つ、キングココナッツ、という種類だそうだ。フト道端の木を見上げてみると、そこらかしこになっている。道理で安いわけだ。

次に向かったのは議事堂前の公園。日曜日とあって、たくさんの人が集まり、プラプラしていると、コマが「あっちに面白いものがある」という。目の前に20メートルくらいの高さの木があって、よーくみると巨大なこうもりが100匹くらいぶら下がっている。コマが下で木の枝で地面や木の幹を叩くと、バサバサと飛び立っていく。本当にデカイ。羽を広げるとゆうに2メートルくらいはあるような大きさだ。

公園を出てから、地球の歩き方に載っていた、「スリランカは宝石の国」という言葉を思い出して、コマに「宝石が見たい」というと、コマの友達が宝石を掘っている、というので、その家に向かうことになった。デコボコの山を登って、頂上近くにその家はあった。どうやらこの山が鉱山らしく、この辺に住んでいる奴らは、みんな宝石を掘っているらしい。

家の裏に向かうと、横1メートル、幅60cmくらいの穴があいており、上に人力エレベーターがあって、「入ってみるか?」という。そこで好奇心旺盛な光先輩、パンツ一丁になって中へと入っていく。もはやその色の黒さから、地元人と見まごうばかりの姿。深さは5メートルくらいあるだろうか。下には水が流れているので、ポンプで水を掻きだしつづける。垂直に降りた先に、横穴があって、そこから横に移動して採掘していくのだそうだ。水があがってくるかと思うと恐いので、光太郎も穴の底まで降りただけで、横穴を覗いてから上がってきた。そこで一週間で取れた分の宝石、というのを見せてもらったが、皿の上にチョロっとだけで、その大変さがうかがえた。そこでちょっとマッタリした後、そろそろメシ時かな、と思っていると、コマが「ウチにくるか?」という。面白そうなのでコマの家へと向かうと、山の中腹の、小奇麗な家の前に止まった。中に入って行くと、子供が3人と奥さんがいて、写真を見せてくれたり、紅茶を振舞ってもらったりした。しかもカレーも食べさせてもらって、光太郎は手でがっつり食べていたが、自分はちょっとビビってスプーンで食べた。

午後になって日も差してきた。土産物屋に寄って紅茶や絵葉書を買ったりして、いったんホテルに帰り、自転車を取ってから、独立記念公園へと向かった。ここには広場があって、自転車が乗れる。光太郎が自転車を乗り始めると、チビっ子たちがわらわら寄ってきて、大騒ぎ。自分が最初に寝かせられて、上を飛んだりすると、大歓声。子供たちも寝っころがって、光太郎が上を飛ぶ。

しばらくして自分はその光景を眺めていると、地元のジイサンとかが寄ってきて、日本がすごい多額の資金援助をして、工場などがたくさん建っていること、知り合いがたくさん日本で働いていることなどを教えてくれた。自分が思っていた以上に、スリランカと日本のつながりは強い。しかも1948年までイギリスの領土だったこともあって、50以上の人はだいたい英語が得意なんだそうだ。80くらいのジイサンになると、もう完璧な英語をしゃべれるので、コミュニケーションには全く困らなかった。ヨーロッパの場合、年寄りは英語がしゃべれなかったが、こちらは逆だ。

そのウチに日も暮れて、3人で夜メシを食べに行くことにした。そこでカレーを3種類ほど頼んで、今度こそは手で食べるのに挑戦。口で言うのは簡単だが、なかなか慣れないことで、上手く口に運べない。人差し指の中指の間に乗せて、親指で押し出すようにして食べる、ということを教えてもらって、ちょっと上手く食べれるようになった。カレー三昧だが、色々な味のカレーがあってどれもおいしい。

それからスーパーで飲み物を買って、ホテルまで送ってもらった後、次の日どうするか、という話になって、コマが仏歯寺という、ブッダの歯が安置してあるという寺がある、キャンディという街に行くのはどうか?という話になった。距離的には150kmくらいあって、かなりアップダウンが激しいらしいのだが、乗用車をレンタルすると1万近くかかる、という。135ccのトゥクトゥクで厳しいと思うけれど、行けるか?というと行ける、というのでトゥクトゥクで行くことにして、その日は別れた。光太郎は日本に手紙を書いたりしていたが、丸一日動きっぱなしだった自分は疲れ果てて、のび太君に勝てるスピードでご就寝。

次の日は昼にコマと待ち合わせていたので、時間に余裕がある。早く寝たおかげで8時くらいに目が覚めた。光太郎も早く目を覚ましたので、メシ前に近くの海岸に散歩に出かけた。目の前の海は緑がかった水色で砂は濃い黄土色。タイでは泥水で、灰色と泥色一色、というイメージだったが、海岸の防波堤につくコケの濃い緑と黄土色の組み合わせに、スリランカのオリジナリティを感じた。

風が強く、遠くの建物が砂に煙っている。海岸をテクテク歩いて、写真を撮ったり、ボケっと日光浴しているウチに、いい具合に腹も減ってきたのでホテルへ帰る。朝食の後は昼までプールで日焼け、決め込んで、光太郎はプールサイドに寝そべり、自分はホテルの周りで写真を撮った。目の前が海なこともあって、かなり撮りどころ満載。バシャバシャ撮っていると瞬く間にコマとの待ち合わせ時間になってしまった。

荷物をまとめてホテルの外に出て、しばらくするとコマがやってきた。大荷物をトゥクトゥクに積み込み、いざキャンディへ出発。街はずれでガソリンを入れて、順調に車は走って行く。だんだん道幅が狭くなり、店もまばらになってきた。道沿いに目をやると、ココナッツツリーの向こう側に野っ原が広がっている。
急ぐ旅でもないので、街道沿いの小道に入ったりして、写真を撮ったのだが、熱帯樹林&南国の青い空、そして赤い土の小道、という風景が印象的だった。写真を撮っていると、人もすぐに寄ってきて話し掛けてくる。道草をしながら、街道沿いにトゥクトゥクは順調に走り続ける。

と、のんびりムードはここまで。バスが走る街道沿いの街に差し掛かると、公道レース状態。大阪の100倍危ない。日本と同じ左側通行だが、ちょっとでも前につまるとクラクションを鳴らす。そして対向車が来ていても、クラクションを鳴らしっぱなしのまま中央線に飛び出て対向車ギリギリでもお構いなしで、すれ違っていく。対向車がトゥクトゥク同士とかだと、あっちも追い越し、こっちも追い越しで、対向車と20cmも無いくらいの幅ですれ違う。危うく光太郎のチャリが車体からはみ出ている部分にぶつかりそうになって、生きた心地がしない。しかしコマは涼しい顔でガンガン前の車を抜いていく。

更に驚くのは、法定速度、一応40kmの普通の道(しかもデコボコ)を、80kmくらいで飛ばしているウチラのトゥクトゥクを、更に100kmくらいのスピードでバスが追い越していく。しかもドアが空きっぱなしで箱乗り。しかもバス停で、人が待っていれば止まるが、1人、2人くらいの場合は、完全に停止することはまずない。車が走りながら人が降りて、乗る。乗り終わった瞬間、全力加速。日本でのダンプ上がりのバスの運ちゃんなんてカワイイものだ。コロンボの街中のいたるところで事故を見たが、どれも中途半端なぶつかり方でなく、全ての車が廃車同然に大破していた。道を横断するときも、車優先で、街中といえど飛ばしているので、ボケっとしていると間違いなく死ねる。

市街地を抜けて、死のドライブが一段落すると、山道で途中、疲れてきて、居眠りしそうになっていた。しかし寝そうになると、車が跳ねて、車から落ちそうになって慌てて起きる。おかげで目がさえてきてしまった。街道沿いに小さな村が何個か現れ、コマが「ここは籐家具の集落」「ここはカシューナッツの集落」と教えてくれる。確かに集落毎に、特産品があるようだ。そこの辺で、光太郎が前日に書いたハガキを日本に出したい、ということで、郵便局がある小さな街でいったん途中下車。コマに待っていてもらって、光太郎と街ブラに出かける。おもちゃ屋のようなところにBMXもどきが置いてあったり、熱帯魚屋に入ると、ここは熱帯なので、普通の金魚かなにかを置くようにぽいっ、と水槽が置いてある。温度調節とかはいらないわけだ。光太郎は昔、熱帯魚にハマっていたことがあるらしく、熱心に色々見ていた。

そこから市場が見えたので、行ってみる。さすがにこっちの人にも昼間の日差しは強いのか、上にビニールシートの屋根が出来ていて、その下に店が広がっている。どこからも「バーヤイ、バーヤイ」という掛け声が聞こえて、多分「安いよ安いよ」といっているのだろう、その市場を人ごみを縫うように歩く。すごい熱気、そして見たことの無い食べ物、果物ばかりだ。光太郎が写真を撮り始めると、店の人たちがみんな「俺も撮れ、俺も撮れ」とやたら撮ってもらいたがり、デジカメの画像を見せると大喜び。みんな本当にいい笑顔をする。

青果物売り場を抜けると肉屋と魚屋があったのだが、なんてったって魚屋がヤバい。魚が積んであって、なんか黒いなー、と手をちょっと出すと、ホコリが舞うようにハエが一斉に何万匹も飛び上がる。まさにホラー映画を地で行く光景だ。肉のほうにもハエはたかっているのだが、魚ほどではない。これで買う人はいるのだろうか?あれを見た後では、こっちで魚介類はとても食べる気にはなれない・・・。光太郎は動画でこの光景を撮っていたが・・・。
市場を抜けて、表通りに戻ると、CD屋に入った。光太郎はジャケの雰囲気からCDを選んで、試聴させてもらい、CDを買っていた。自分はとにかくCD屋の中の蒸し暑さに耐えられず、外に出て、通りを眺めていた。店や、家はまずしそうに見えるのだが、道行く人の洋服は男は白いワイシャツを着ている人が多く、しかも真っ白で清潔そうだ。女の人はサリーがメインで、やはり色鮮やかなものを纏っている。でも乞食っぽいひともいたりと、貧富の差が激しいのかな、という印象を受けた。

CDを買ってから、郵便局で待たせていたコマの所にもどり、旅は続く。夕方になるころ、キャンディに到着。しかし、ここまでの山道がトゥクトゥクには相当厳しかったようで、プラグがカブってしまい。途中何回も止まって、プラグにたまったカーボンを落とすが、キャンディについたところでプラグがオシャカになってしまった。近くの車屋に入って、コマがプラグを探していると、その店長が日本語で話かけてきた。スリランカの車は日本からの中古車が全体の90%近くを占めており、この人も日本の千葉に会社を持っていて、もう13年も商売をしているらしい。めちゃくちゃ日本語が上手くて、何千キロも離れた土地の、しかもド田舎で、日本語を聞くとは思っていなかった。
とりあえずトゥクトゥクに合うプラグが見つからず、滞在予定のホテルへと向かうが、最後の坂が急すぎて、しかもパワーダウンしているトゥクトゥクでは登れない。自分が下りて、車を押すと、坂を登りきることができた。40ドルくらいのホテルで、広いので部屋は空いており、部屋を見せてもらうと、たった40ドルで2人泊まれるのか、というくらい高級そうなホテルだ。一目で気に入り、荷物をあずけて、ここでコマともお別れ。最後に街の中心部まで送ってもらって、コマは急いでプラグを探しに走り去って行った。

こっちはホテルで「美味いレストラン」と教えてもらった、Devonというレストランへと向かった。麺っぽいのとチャーハンっぽいものを注文したが、ちょっと油っぽいものの、日本人の口にあう。帰りは歩いてホテルへ向かって、部屋でリラックス。光太郎と色々話をしていたが、だんだん光太郎は霊感が強い、という話になって、光太郎の経験談の披露となったのだが、ハンパなく恐い&シャレになっていない。光太郎だけでなく、それを信じてなかった友達も巻き込んだ超常体験の数々に、まわりも認めるようになった、という筋金入りだ。深夜までその話で盛り上がり、光太郎は日本にハガキを書いて、自分は移動の疲れで気が付いたら寝ていた。

次の日は最終日。昼にチェックアウトなので、ホテルのレストランで朝飯を食べた後、光太郎は例のごとくプールサイドで日焼けモードに入り、こっちはホテルの周りを撮影。チェックアウトの時に、光太郎がホテルマンにちょっとライディングを披露。メチャメチャ喜んでくれて、チェックアウトしてしまうのにも関わらず、夜、空港に向かうタクシーの予約や、昼間、街を荷物を持って歩き回るのも大変なので、荷物を預けられるか、と言ったらタダで預かってもらえた。BMXのパワーはすごい。光太郎いわく、「こいつは友達を作るのが上手い。」というのがよくわかる。
この日は特にアテもなく、ブラっ、と街に繰り出した。地球の歩き方には、キャンディは回ろうと思ったら1日で回れる大きさの街、とあったので、歩きでくまなく回ってみることにした。まずは電車の駅とバスターミナルに行ってみることにした。すごい人と大渋滞。バスがパスターミナルから道に出るのにルールもへったくれもあったものではなく、一斉に出発するバスが出口へとなだれ込んで、詰ってしまっている。そこを抜けて、バスターミナルの端にあるドリンクスタンドで、ちょっと休憩、と飲み物を頼んだ。ここでしか飲めないようなのを飲もう、と象印のジュースを買ってみる。ぐびっ。・・・辛い。とうがらし辛い。とにかく見慣れない食べ物、飲み物は何を食っても飲んでも辛い。その後すぐにスプライトを買って、口直しをした。こちらは同じ味。両方共30円くらいだ。

その後は街の中心部へ2人乗りで移動し、歩く。宝石商があつまる路地、生鮮食料品が売っている路地、と職種毎に店が固まっているのはどこの国も変わらない。宝石の店が多くあつまる所では、店の前で、自家製の機械で金メッキを施しており、思わず見入ってしまった。街はずれには教会や、バスターミナルがあり、「立川駅北口」という表示のまま走るバスなどがいて、2人して大笑い。大通りからちょっと小道に入ってみよう、と道をそれると、結構いい感じのところで写真を撮ろうとカメラを出す。その間に光太郎は道沿いの店の人と話をしていて、チャリを乗り始めた。幅が4メーターくらいでデコボコの道だが、簡単なトリックを見せるとどんどん人が集まってきて、ものの2,3分で黒山の人だかりになってしまった。車がクラクションを鳴らそうがお構いなし。みんなその場を動こうとしない。光太郎のオンステージが始まってしまった。慌てて自分も魚眼レンズをつけて、その光景をカメラに収める。適当なところでショーは終了。終わった後もみんな視線が光太郎に釘付けになったままだった。

その後も色々小物が売っている店に入ってみたりしながらトコトコ歩いて、ほぼ一回りしたかな、というところで昼時になった。スイーツでも食べよう、と前日に夜メシを食べたDevonの正面にあるお菓子屋さんでケーキを買い、その上の喫茶店で紅茶を飲んだ。やたらリラックス。このところ、本当に何も考えずリラックスする、ということが無かったので、ボケーっと2人でしばし黄昏モード。1時間くらいボケーっとしてから、店を出て、街を歩く。

途中、光太郎が雑貨屋のようなところに入っている間、自称大学教授という怪しいオッサンが来て、キャンディダンスを見ろとチケット屋までつれてかれて、券を買わされた。1人300円くらいだったので買ったら、そのオッサンが「紹介料くれ」という。ま、それはいっか、と100ルピー(120円くらい)とあげると、調子に乗ってきて、「ペンをくれ」とか言い始めた。英語もヘタだし、こいつはタダのポン引きだな、と化けの皮がはがれる。日本語で「うっせー、じゃーな」と言ってその場を離れた。油断も隙もあったものではない。

そこから仏歯寺の横に出ると、通りの角に、ひっそり宝石屋があった。入ってみると、いろいろな原石が置いてある。おっちゃんに色々交渉してみると、やたら安い。光太郎は大量にアメジストの原石を、自分はムーンストーン(1500円くらい)と4カラットのオパール(800円くらい)を買った。とにかく宝石が安い。宝石に興味がある人は一度スリランカに来るといいかもしれない。

とりあえずもう街は回り尽くしたので、そこから町外れへと出て、チャリで山を下る。どんどん下る。でも何もない。道沿いに車屋とかがあるだけで、どんどん店も少なくなっていく。そこで途中にあったコンビニのようなところで休憩して、トゥクトゥクでキャンディダンスの劇場へと向かった。が、1時間くらい早く着きすぎてしまった。光太郎がチャリを乗り始めると、さっきと同じようにどんどん人が集まってくる。みんなヤンヤヤンヤの大喝采。そこで自分をまた寝かせて、光太郎が飛び越えていくと、大盛り上がり。感動のあまり抱きつく人まで現れ、みんな大喜びだ。本当にこっちの人はてらいなく話かけてくるし、感動してくれる。日本だと見ても見ぬフリだが、こっちではよかれ悪かれ、みんなストレートに自分の感情を表現してくる。そうこうしているウチ、観光客を乗せたバスがばんばん着き始めて、開園時間が迫ってきた。さっそく中に入ると、すぐに始まった。ドラムの音と、ダンサーのバック転などを絡めたアクロバティックな動きで、ずーっと音に集中しているとトランス状態になってしまうくらい引き込まれた。ドラムの音に、これほどの力があるのか、と光太郎と驚いた。

その後、火がついた炭の上を歩く、というショーがあって、よーくみるとさっき道で光太郎のライディングを見ていた奴らだ。光太郎の方を向いて火を噴いたりしてくれた。

会場を出ると、もうドップリ日も暮れて、そろそろタクシーがホテルに迎えにくる時間になってきた。歩きでテクテクと山の上のホテルへと戻り、ホテルのレストランで夜メシを食べて、タクシーが来るのを待つ間、またホテルマンがせがむので、光太郎がライディングを披露。「次来るときは、教えてください!絶対特別割引しますよ!」と名刺とパンフレットまで貰ってしまった。

そのうちタクシーが来た。日本車の中型車だ。クーラーも効いていて、下りも上りもスムースだ。特に上りはあたりまえだが、グングン上って行く。すっかりトゥクトゥクに慣れた身としてはパワーの違いを肌で感じた。最初は英語が上手い運ちゃんと色々話をしたりしていたが、その内やたら眠くなってきた。朝早くから動きっぱなしだったし・・。気が付くともう空港近くの街へと車はいた。軍のチェックも無事通過し、空港内へと入っていく。さっそくチケットカウンターへと向かうと、カウンターがしまっている。「?」というまま、隣のカウンターの人に尋ねてみると、なななんと!飛行機は次の日の夜の出発だった!ガーン!うれしい、というよりすでにやることはやり尽くして、骨までじっくりスリランカをしゃぶり尽くして、後はもうおみやげを抱えて帰るモードにすっかり染まっていた自分たちは、しばし呆然。言葉もでない。でもしばらくして光太郎が、「これは神様が1日じっくり休んでいけ、ってことなんじゃないの?」と言う。その言葉に気を取り直して、地球の歩き方を開く。もう夜中の12時で、次の日まで24時間しか無いので、空港から一番近い街に泊まろう、と探し出したのはニガンボ、という怪しい名前の街。でもとにかく疲れて横になりたいウチらは、また空港の出口へと向かって、出発ロビーでタクシーを拾おうとしていると、観光局のオッサンが来て、「どこに泊まるんだ」と言う。そこで光太郎が「プール付きがいい」というと、安いホテルでプール付きは無いらしく、プールが無いホテルばかり薦めてくる。「だからプール付きがいいんだって」と疲れもあって、こっちがキレ模様になってくると、おっちゃんも折れて、結局最初に自分らが選んだホテルに泊まることになった。タクシーを手配してくれて、そのホテルへと向かう。

さすがに一泊2000円程度とあって、空調は無し、デカイ扇風機が天井について、蚊取り線香があるだけ。ただし、4階のオーシャンビューで、眺めは最高だ。だがそれに喜んでいる体力が無く、暑さに弱い自分には暑すぎて、タイル張りの地面にそのまま寝ることにした。光太郎は蚊に刺されまくっていた。でもプールが俺らを待っている!その希望を胸に眠りについた。

そして次の日、「さあプールに行こう!」と窓を開けて、眼下のプールを見ると、学校のプール開き前を思わせる、真緑のプールがそこにはあった。「がーん。ががががーん」もう怒る気力も無い。何も見なかったことにして、そのままベッドに崩れ落ちる。ユルユルなニガンボの悪夢はここから始まった。

気を取り直して外へと出て、レストランを探す。とりあえず南にとぼとぼと歩いていくと、いくつかのレストランが目にはいったが、とりあえずもう少し先、と先まですすんで、シーフードレストランというのを発見。入ったのだが、それが悪夢の第一章だった。飲み物とメインを頼んだのだが、まず飲み物がなかなか出てこない。30分もまったころにやっと出てきて、しかも氷無し。日本の真夏並の暑さで瞬く間にヌルくなってしまった。しばらくはこの日は何もすることがないし、話が盛り上がっていたからいいものの、いい加減に出てこない。もう1時間以上も待っている。さすがにキレモードになってきたところで出てきたのは、光太郎の冷えたサンドイッチと、同じく冷えたフライドライス。一同シーン。ま、いいや、と食い始めたが、光太郎はもういいっす、という感じ。こっちは何とか完食。食後の紅茶に砂糖が無いので、砂糖を頼んだが、いつまで経っても出てこないので、こっちが取りに行って、やっと出てくる始末。そうとうイライラしたまま店を出る。帰り道に、廃墟があったので、そこに入ってみる。確かにあんなユルいレストランがやってられるような街なら、寂れるわな、と廃墟の階段を上っていくと、目の前が海で、眺めがいい。ホテルの廃墟なのかもしれないが、そこで撮影をして、ホテルへと戻った。することも無いので、緑色のプールを横目に、ビーチへと降りて行き、水際でしばし戯れて、プール横の寝椅子にころがる。自分には丁度よく日差しが翳っていたので、ボーっとする。そこからレストランでオヤツタイムにして、バナナのフレッシュジュースを飲んだのだが、これがホレボレするほど美味い!さっきのユルユルなシーフードレストランの悪夢を忘れさせてくれるのに十分な美味で、ちょっと気分があがる。その気分のまま、部屋に帰ってまたボーっとする。よく考えてみれば、光太郎も自分も日本ではこのところバタバタしていて、本当に何も考えずにボーッとすることなんかなかった。やはりこれは光太郎が言ったように、神様からのプレゼントだったのかなぁ、と思ったりもする。

夕方になって、メールしてみよう、と朝、食事に行く時に目をつけておいた電話屋に向かう。こちらでは国際電話はこうした電話屋でやるのが普通らしい。インターネットにつなげる設備もあって、使ってみる。「ウチは早いよ!」と電話屋のオヤジが言うのだが、ダイアルアップで、しかもやたら遅い。ま、このユルい人たちに取っては早いのだろう、と一回メールを送信するのに全部で30分もかかってしまった。しかも光太郎は日本に国際電話をかけていたのだが、それが途中で切れまくる。何回もかけているウチに凄い金額になってしまっていたらしい。

一段落して外に出ると、もうすっかり日が暮れていた。最後はおとなしくホテルのレストランでディナーにすることにした。ここはさすがにそこまでユルくは無く、日本に比べてちょっと時間はかかるものの、比較的すぐに出てきたし、出来たてが出てきた。光太郎も満足で、自分も最後だから、とシーフードカレーを食べた。しかし、やはりハエがたかるような場所のシーフードはいただけなかった。後になって腹がゴロゴロと、腹の中の雷様がお怒り状態になってしまった。

シャワーも浴びて、夜のタクシーが迎えにくるまでの時間を再び雑談をしてすごし、タクシーが時間ピッタリに迎えに来た。ところが空港に着いて、お金を換えようとすると、最初に換金したレシートが必要だという。光太郎が無くしてしまっていたが、自分は持っていたので、それで$120ドルに換金成功。しかしあまりにも疲れすぎていて、換金に成功したのをつかの間、光太郎がジュースを買いたいが、ドルで買えるから、とドルをくれ、といわれてドルを探すが無い。待合室までの100メートルくらいの間に無くしてしまった。一気にブルー。だが逆に考えれば、日本円の残りの全額5万くらいを無くすよりよかった、と思い、気を取り直して飛行機に乗ると、まさに「ワープ」。時刻は現地時間で夜の3時ころになっていて、座席に座った瞬間、光太郎は寝に入って、自分も離陸したかしないかで寝てしまい、着陸の衝撃でおきてみれば、もうマレーシアのクアラルンプールに到着。そこでもベンチで寝て、成田行きの飛行機も爆睡。着陸の2時間くらい前には目がさめたが、相当疲れがたまったまま、光太郎の車で一路東京へ。渋谷で別れた。

行く前は全くどんな国かも想像がつかなかった国、そしてBMXになんの関係も無い、と思っていた国、スリランカ。だが、この国の人々の心に思ったことをよしにつけ、悪しにつけ表にあらわす反応は、やはりBMXを全くしらない人にも、BMXが与えるインパクト、という自信を思い出させてくれた。日本では例え人通りの多いところで乗っていても、誰も気にもとめないが、そうではない、自分らのやっていることは言葉も、日本の文化も全く絡んでいないところでも通用するし、コミュニケーションの道具になる、というあたりまえの原点をハッキリ自覚させてくれた。そして、日々の仕事、何かに追われつづける、という状況を一旦真っ白にリセットできたことで、何かまた吸収していける状態に戻った気もする。

自分の今年のテーマは「人」だったが、こうして、自転車を持って行く、というだけで、自転車とは全く関係の無い旅だったが、得るものはとてつも無く大きかった。また来年もこうしたアテの無い旅を、また誰かとしたいものだ。

Green-G