●久我英和インタビュー (Cream #13)
Cream #13に載った大仏インタビューです。
BMX絡みで色々なところを旅していると、やっぱり同じように色々な場所をまわるライダーや友達に出会うようになる。そしてそのメンバーは頻繁には変わらないのだが、気が付くと、新しいメンバーがその「旅の一座」に加わっていたりする。大仏もその中の一人だ。いつも旅先で、必ず酔っ払って絡んでくるライダーの1人ぐらいのイメージしかなかったが、今回彼の地元、東京から1300km南に位置する九州の大都市、福岡を訪れ、彼と行動を共にする中で、そのストイックさ、BMXシーンに対する真摯な姿勢が見えた。
年、ライディング歴は?
歳は22歳で、BMX歴は7年。
なんでヨーロッパに長期滞在したの?
長期っていっても半年だけど。20歳のときに、5年間BMXをやってみて日本以外のシーンを見てみたかったのと、自分が世界でどれぐらいのレベルなのか感じたかった。
なんでフランスだったの?
何でだろう、自分でもよく分からないでも行ってよかった、脳ミソが開いた!
ヨーロッパのシーンと日本のシーンの違いは?
コンテストの大きさかな、企業がちゃんとスポンサーについてる。日本はこれからって感じ。
乗らない時とかライダーとかの生活は?やっぱり日本と変わらない?チャリ乗ったらみんなサッサと帰っちゃう?それとも飲みに行ったりするの?誰かの誕生日だったらパーティーするとか?
乗らないときは買い物に行ったり、街を歩いたりしたかな。何かあればみんな集まってた。とにかくいつも飲んでた気がする(笑)
ヨーロッパで一番困ったことは?
とくになかった。みんないい奴ばかりで楽しくやってた。ってか、そんな事考えてるヒマがないぐらい動いた。
どこを拠点にしてたの?どの辺を主に回ったりした?誰と動いていた?
パリで部屋を借りて、オペラってとこで毎日練習してた。フランスの大体の大会は出た。あとは、ドイツ、イギリス、オランダ、ポルトガルも行った。フランスのChristophe、Mike、Benjaminたちが一緒に動いてくれた、っていうか、ついてった。
大仏、って名前の由来は?
高校生のころ(6年前)に倉谷太郎(QUAMEN)に初めて出会って、そのときに付けられたあだ名。彼いわく、当時のオレは大仏に似てたそうです。(大仏とは日本の仏教を象徴する仏像の事)
大仏のファッションの色使いってすごく「大仏」らしい感じがするけれど、どういう風に服を選んだりしてるの?
とくに気を使ってないけど、流行の服は着る気にならない。洋服って好きなものを着るんであって、流行にとらわれるものじゃないと思ってるから。みんながそれぞれ違う格好してたらすごく面白い世界になると思う。
両親と住んでいるけれど、両親は大仏がBMXで頑張っていることに対して協力的?
かなり協力的。いろんなアドバイスをしてくれる。ホント感謝してます。
典型的な1日の過ごし方を教えて。
寝て、起きて、乗る。
体作りもしているみたいだけれど?何で?
ただ、単に今以上のライディングを目指しているから。まずは、体作りとストレッチ!
前原でスケートパーク設営の署名活動をして、建設のメドを立てて、ショーチームを立ち上げたりして草の根からBMXを盛り上げる活動しているけれど、その活動に辿り着いた理由を聞かせて。
やっぱり、まだまだBMXの認知が低すぎる。悔しいから、みんなにBMXを知ってもらうってのが理由だけど、今まで自分がやってきた事を形にしたかったってのも理由かな。動かなきゃ始まりません!
アタマの中にある大仏の理想像は?今、大仏が思い描く自分が作ろうとしているイメージを具体的に聞かせて。
やっぱり、誰に聞いてもBMXを知っている世界が理想かな。その為にはメディアをもっと利用したり、企業がスポンサーに付くような動きが必要だけど、まだまだライダーも少ないし、一般の人がBMXの大会やイベントをわざわざ見に来るような状況じゃない。 まだまだ、先は長いけど、今、自分にできる事はショーでみんなにBMXを知ってもらって、ライダー人口を増やしていく事だな。
大仏がライディングで成し遂げたいものは?
世界征服かな(笑)なんつって、楽しく乗り続けたいね。
フラットランドはアート?スポーツ?それとも?
ん~、難しいけど、どちらも該当すると思う、今はアート(アーティスト)に近いかも知れない。
でも、需要を増やすためにはスポーツにして行かないといけないと思う。でも、競技内容やジャッジ方法も変わってくるだろうし、ん~難しい
最後に一言。
みんなでBMXを楽しんで、もっと、もっと盛り上げていこう。そしてこのインタビューを行ってくれたCREAMとGREEN-Gに感謝!!