●田中光太郎インタビュー (Soul Magazine)
2002年にフランスのSoulマガジンに掲載された光太郎のインタビューです。
Green-G (G) 名前、年、ライディング歴を教えて。
Kotaro (K) : 田中 光太郎,24歳。ライディング歴は約9年。
G: 自転車に乗るようになったキッカケは?
K: 高校の時、ママチャリに乗ってて、そんでそのママチャリが盗まれてどうしよっかな、ってさ、その時ってマウンテンバイクがはやり始めたころでさ、俺も買おうと思ってお金を貯めてる時、偶然、街で子供用の自転車みたいなのを乗ってる人を見て、カッコイイなって思ってさ、それから地元で色々調べて、やっと手に入れたのがタマタマBMXだったんだ。トリックをしたり飛んだりする自転車だとは全然知らなかったよ。
G:相当悪ガキだったみたいだけれど?
なんか、なんでも一旦始めると止まらないし、止められないんだよね。それがいいことであっても、悪いことでもあっても。
G:最近はデジカメに凝っているみたいだけれど?テーマとかあるの?
特にテーマとかは無いんだ。普通に写真を撮ったりするのもあるけれど、どうやって便利に使えるかな、っていうのがポイントかな。例えば洋服着て「どっちがいーかなー」って時に、気になる洋服を着た自分を撮ってみて、見比べたり、靴屋とか行って、いい靴があったら撮っておいて、後で「いいクツあったよー。ほら」って見せれるじゃん。簡単な動画も撮れるから、ちょっとしたルーティーンを撮って、「あ、こりゃだめだ、カッコ悪いや」とか見れるでしょう。雑誌とか、ページを丸ごと撮って、後で拡大して帰りの電車とかで見れたりするし、そういう風に使ってるね。
G:健康管理に気を使っているみたいだけれど、どうして?
K: 見えないと思うけど俺体弱いんだよ、マジで。三年前足にバイ菌が入って左足を腐らせたことがあるんだ。白血球が足りないらしくってさ、半ズボンで、地ベタにあぐらかいたりした時、ふくらはぎからバイ菌が入るらしい。その後、何回も足が化膿してさ、半ズボンはくのやめたんだ。俺、夏でも長ズボンでしょ、そういう意味で、体には気遣ったりもするけど、あとは特に気使ってないかも。
G:お母さんを大事にしているみたいだけれど?
K: 確かに母ちゃんは大事だよ。でもみんなそうでしょ、俺ン家って居酒屋だから、ほとんどの友達は、俺の母ちゃんに会って一緒に笑ったり酒飲んだりしてるんだ。そん時とかけっこうみんな自分の母ちゃんの話するんだよね。そうゆう時とかに、すごくみんな自分の母ちゃんのこと大事に思ってるなぁ、って感じるよ。
G:でも光太郎の場合、母親と息子、というより対等な感じがするんだけれどね。
そうだね、友達感覚かもしれない。母ちゃんからよく電話かかってくるからね。「晩飯食った?」「いや食べてない」「じゃあカレーがあるから(お母さんの店に)食べにおいでよ」とかね。俺も母ちゃんによく電話するし。でもそうなったのは高校になってからかなぁ。中学、小学校の時とか、あんまりウチに帰らなかった。親と仲悪かったとかじゃなくて、俺とかその時坂の上に住んでいて、帰るのが面倒くさかったのかなぁ。坂の下にナオ君って友達がいて、しょっちゅうその家に泊まったりしてて、あまりに面倒くさいときは坂の下に野宿とかしてた。
でもタマに親に電話したりして、「あんた生きてるの?」「うん。ナオ君ちにいる」「じゃあアンタ、ナオ君ちの子になっちゃったら?」って言われると気になって帰ったりして。(笑)でも普段、ウチに帰っても、母ちゃんは仕事で家にいなかったからね。自分にとっては家にいるほうがヒマだったのかな。家、というよりタダの空間、って感じていたのかも。
G:(上原)ヒロシと仲がいいみたいだけれど、ヒロシとの関係は?
昔、東京のロックスライドってところで大会があって、そこで見かけないライダーが自転車を組んでた。ちょっと話し掛けたら、「田中光太郎君って知ってますか?」って聞かれて、「あ、俺だけれど・・・」って話を聞くと、「岡村旭に東京に来たら光太郎君に会えばなんとかなる、って言われて・・・」ってことで、ウチに泊まることになって、話してみたら、メチャクチャ話が合うだよね。これが。結局大会が終わった後も1週間くらいずーっと家にいて、高校の卒業式があるから、ってやっと帰っていったんだ。
次に俺が(ヒロシの地元の)岡山に行った。その時ヒロシが「絶対会わせたい奴がいる」って神戸に連れて行ってくれて、アキ(小谷明生)に会って、アキラ(岡村旭)とも話すようになって、東京の外に出る機会を作ってくれたのがヒロシだった。それからヒロシが「伊藤高志って奴に見たいから」って東京の大会に来て、ヒロシが仲良くなって、ヒロシが仲良くなれるなら、俺も仲良くなれるな、って俺も仲良くなって、今の430の原型が出来た感じだった。人と人を繋ぐキッカケになるのがいつもヒロシなんだよね。
今のヒロシの存在は、430のウェア部門でリーダ格で、俺はライディングで頑張って、俺とか生地とか選べないけれど、こういう服があったら便利、カッコいいな、ってそれをカタチにして貰ったり。430は今服の部分が大きくなっているけれど、430の一部分なんだよね。全体としては「430はこれこれこう言うチームです」とはハッキリいえないけれどね。
G:光太郎はKOG運営委員の中心人物の1人だけれど、KOGを始めたキッカケは?どういう風にKOGが始まったの?
K: もとのもとをたどると3~4年前ってきちんと定期的にやってる大会っていうのが無くて、もっと前から定期的にやってる大会はあったけど、ちょっと不安定になってて、じゃあ俺達でやろうよって感じで始まったんだ、中山さんと、高志と、計3人でね。そっからどんどん同じ気持ちの仲間が集まって今のK.O.GとK.O.G運営団体があるわけさ。
G:光太郎は自転車だけで生活している本物の「プロ」の1人だけれど、いつ、こうした本物の「プロ」としてやっていこうと思った?
K: 高校ん時からずっと働きながらチャリに乗ってて、卒業してすぐ就職、土曜日曜関係無しで働いてたから大会もあんまり出て無かった。でも、それが当たり前だったし、苦じゃなかった。チャリだけで食っていこうなんて考えなかったしね。でも21歳の時、自分が働いてた営業所が潰れてしまって、無職になったんだ、早く次の仕事を見つけなきゃって焦ってたんだけど、俺が無職になったのを喜んだ友達がいたんだよ、高志って名前なんだけどね(笑) 会社辞めたら失業保険を3ヶ月貰えるじゃん、んで3ヶ月その金で日本をいろいろ見てこいって感じで背中を押されて日本を回ったんだ。
大会も出たしクラブでショータイムにも出た。そんときギャラを貰ってさ、「もしかして俺達が動き回って、チャリの仕事を増やしたり、大会をデカクしたり出来たら、チャリだけで食っていけるかも」って思ったんだ。そん時から考え方が変わっていったんだ。でも高志は俺よりずっとずっと前からそれに気付いて動きまわってたんだよね。
G:光太郎のライディングしている時は、すごくリズム感にあふれているけれど、それはそういうバックグラウンドから来ている?音楽は光太郎にとって影響力は大きい?
K: 確かに俺の生活は、音楽にすごく強く影響を受けていると思うよ。その時聴く音楽でテンション上げたり 落ち着いたり、その時、その時の、自分にあった音楽を選んで聴くと凄くいい気分になれるんだ、だからいろんなジャンルの音楽を聴くよ。朝、昼、夜、だけでもあてはまる音楽って違うしね。
G:光太郎のライディングコンセプトは?
K: 楽しむこと。そしてその自分の『楽しい』をたくさんの人に見せたいし、伝えたい。だって本当にチャリ楽しいしね、練習していて、調子悪くてイライラする時もあるけど、楽しむためだと思えば全然苦じゃないもん。
G:これはみんなに聞いているんだけれど、光太郎がアメリカの大会に行くようになったキッカケは?
K: その時自分で、今結構チャリ乗れてるな、って思ってさ、日本以外の場所でも今の自分を見てもらいたくなったんだ、それがアメリカの大会に行くようになったキッカケだね。
G:将来については?
K: 昔とか全然何にも考えてなくて、刹那的に生きてたね。ヤバイことでもなんでも、手当たり次第やってた。それが変わってきたのは、高校卒業して、自転車以外に付き合っている友達で、自分よりイケイケな後輩とか見ていて、「こりゃヤバイな」と思い始めたからかな。
今やっているのは、とにかく忙しくすること。去年も、おととしも、そう思っていて、その時は「忙しー!もうダメだ」と思ったけれど、こんなんで忙しい、と思ったら先が無いな、ってもっと忙しく、もっと忙しく、と自分を追い込んでいったら、結構イケるんだよね。気が付いてみたら、前の年なら絶対無理だと思ったことが出来てたりして。でもまだまだ忙しく出来ると思ってる。
自分はなんでもギリギリにならないとやらない人間で、学校に行っていた時もテストの前日にならないと勉強しなかったし、今も大会前になって「光太郎、どうなの?調子は?」と言われたら、「いやー、調子いい。かなりキテるよー」ってちょっと調子悪くても、自分で自分の限界を広げるために、先に宣言してしまうことで自分を追い込むように心がけている。
楽しい!って思って大会に出れても、楽しいが満タンになって、それだけで終わっちゃって、「もう2分終わっちゃったの?あっちゃー、内容が無かった・・・」ってなることもある。内容的にも満足したいから、自分をコントロールできるようになりたい。
それと、BMXを使ってもそれ以外でも、とにかく人に喜ばれることをもっともっとして行きたい。どんな形でもいいんだ、いくつになってもいろんな年代の人たちと笑ってたい。『笑うかどには福きたる』って言葉があるけど、ホントそうだと思う。笑ってる時って幸せ。今でも毎日仲間達とハンパなく笑ってるしね。この輪をずーっとキープしたいし、大きくして行きたい。自分がこの先、心から笑っていられるためには、今何をするべきかを考えて、実行して行きたい。
G:最後に。
K: 最後ってさ、だれだれ感謝、だれだれサンクス!!とかだよね、でもさ、キリないよね。とゆうことで今まで会って来た人!!感謝!!OK?アーンドこのインタビューを最後まで読んでくれた人、長々とご苦労様でした。みなさんも、自分の見つけた『楽しい』をもっといろんな人に話して『笑う門』をどんどん増やしていきましょう。最後にもう一回、『笑う門には福来る!!!!』 以上。