●ポール・オシッカインタビュー Part2 (Storm)
BMX Freedom以前に総合エクストリーム雑誌として出版されていた雑誌、Stormの最終号、2001年10月号に載せたポールのインタビューです。この年にあったCoreXtream Gamesに来日していたポールに直撃インタビュー。まだつたなかった英語が更につたなくなっていたのを思い出します・・・。英語版はドイツのFreedom BMXに掲載されました。
1996年、世界最高峰のBSコンテストの第一戦。強烈なオリジナリティ、スタイルを兼ね備えたフロントトリックで、衝撃的な優勝を飾った。僕が知っている限りでは、フロントトリックのみだけでBSで優勝したライダーは彼以外にいない。だが奇妙なことに、それ以降、彼は日の当たる場所から姿を消した。数年の間、アンダーグラウンドで沈黙を保っていた彼だったが、その影響力は、彼がビデオに出る度に大きくなり、今や国内外を問わず熱烈な信者を生み出すまでになっている。今回モトクロスインターナショナルのプロモーションで来日した彼に、インタビューしてみた。
Storm(以下S):BMX歴は何年?
Paul(以下P):4歳の時に初めてBMXを買ってもらって、11歳くらいのころにダートジャンプにハマっていた。で、16歳くらいからフラットを始めたから・・・もうかれこれ15年くらいになるね。
S:君はずーっとコンテストでもいい成績を残していたけれど、突然コンテストに出なくなったよね?それはどうして?
P:今のところ96年の世界選手権が最後にプロとして出場したコンテストになるね。その年に怪我したヒザの治りが遅くて、それから大会から遠ざかってしまったんだよね。
大会に出るなら、勝ちたい。大会で勝つためには、見せようと思っているトリックを全部完璧にして、安定して決めることに集中しなければならないんだ。でもそれより僕は今やっているような、いわゆる「慣れて」しまったトリックではなく、新しいトリックを練習することだけに集中していたい。
「何かを学び続ける」というのは僕の人生の全て、といっても過言ではない。それでなくとも何年も夢見ているような、やりたいトリックがいつも頭の中にあるのに、コンテストに出るとなると一旦「新しいことを学ぶ」ってことを脇にどけとかなきゃならない。確かに、時々コンテストに行こうと考えることもある。大金がかかっているからね。僕は貧しいから、金が魅力的に見えることもあるけれどね。
もう1つの僕がコンテストに出ない理由として、僕のライディングには「周期」があるんだ。最初に学ぶプロセスがしばらくあって、それまでに練習しているトリックの仕上げに入る。ビデオ撮影に行く時になると、ビデオで見せようと思っているトリックに関しては何でも、いつでも決められるくらい完璧に仕上がっている。前回の”Standard Country”(スタンダードのビデオ。その中のポールのライディングが世界中のライダーに衝撃を与えた。)の直後なら、やりたいトリックはなんでも出来たから、コンテストに出ようと思えば出れただろうね。99年の終わりから2000年にかけて、コンテストに出れそうな感じがあって、コンテストに出るか、または新しいことに挑戦するかという2つの選択肢が自分の頭にはあったけれど、結局後者の方を取ってしまった。やっぱり新しいことをやることのほうが断然面白いからね。だからたぶん、来年とか、今やっているトリックが出来るようになったら、次は違う選択をしてコンテストに出るかもしれない。
S:とすると君は楽しみのために乗っているの?
P:僕はただ自分がどれだけ上手くなれるか見届けたいんだ。僕は長い間、フラットランドに魅せられてきた。20代の初め、学校を中退して、フロリダに行くために家を出て、ガールフレンドも地元に残して、仕事も辞めた。自転車に人生を賭けるために、人生の色々なものを捨てたんだ。フラットを始めたばかりの頃からずーっと自分を高みに持っていくための準備をしてきた。体はいつまでも持つわけではないからね。僕が自分の中で一番上手く出来ることで、どれだけ自分が高みに行けるか見てみたいんだ。
S:RideBMXのインタビューで君は、「最初は基本のトリックを全て学ばなければならない。一旦そのレベルまで達したら、次はオリジナルを目指さなければならない」と言っていた。君にとってオリジナルを目指した時期っていつだったんだろう?
P:基礎をやっていた時から、出来るだけ、ちょっとでも違うようにアレンジしてトリックをやろうとしていた。人生の色々なものを捨て始めたのに合わせて、少しづつ違うことを練習し始めた。一番最初に変えようと思ったのは、スタイルの進化する方向性だった。以前、今とは違うトリックをやっている時は、やっぱり今とは違うスタイルの追求の仕方をしていた。そこから新しいスタイルを追求し始めると、進化も加速していった。僕はあるポジションに長く留まるのがキライなんだ。あるポジションを長く保つためのスカッフはしたくないから、ガツッとスカッフして次のトリック、また蹴って次、って感じだ。っていうのも僕はライディングにいつでも流れを保ちたいからなんだ。多くの動きをライディングに取り入れたい。それが僕のスタイルだね。それは新しい試みをする前からそうだね。
S:それって今やっているトリックのイメージっていうのが、最初から見えていたみたいに聞こえるけれど?
P:ライディングを始める前、僕は本当に夢見がちな子供だった。いつも自分が出来る以上の事を夢見ていた。やったら何年もかかるような事をね。今もライディングに関して夢見ているんだけれど。実際出来るトリックのずっと先を夢見てる。みんなも、今はまだ出来ないことを想像したりすると思うけれど、それって現実にするには何年も掛かるわけだよね。僕は想像できればなんでも出来ると思っているけれど、現実は無理なんだよね・・・僕が考えていることを現実のものにするには、無重力の部屋が必要だよ。重力が僕の進化を妨げてるんだよ・・・(笑)
S:でも、ずーっと新しいことをやりつづける、っていうのって難しいよね?多分君にも「あー、もう出来ない」って思うような時があると思うんだけれど、どう?
P:時々、1つのトリックにとてつもない時間をかける事があって、最終的には出来るんだけれど、とにかく長い時間を費やすことがある。そういうときは、「もうやめた。」って他の事をやるようにしてるんだ。腹が立つだけだからね。去年もそういった、膨大な時間をかけたトリックが2つあったよ。今はもう練習さえしないよ。だって楽しくないからね。たまにそういうことがあるな。そんな根詰めてやるべきじゃないよ。多分メチャクチャ練習して、最後には決められるかもしれないけれど、あまりにも長い時間をかけると楽しくともなんともなくなってしまう。結局楽しい、と思えるトリックだけをやっているね。去年は2つ、そういうトリックがあったって言ったけれど、多分後でまた挑戦するさ。
S:君のトリックに取り組むときのコンセプトは何?
P:一言で言えばpalindrome(回文。山本山(やまもとやま)見たく、前から読んでも後ろから読んでも意味が通じる文)だね。あるルーティーンがあったとしたら、その真中に鏡を立てたら、前半と後半の形がそっくりなルーティン、ルーティーンの最初からやっても最後からやっても出来るようなのを目指している。
S:ずーっとコンテストシーンから遠ざかっていたにも関わらず、なんで99年にBSコンテストの新しいジャッジングフォーマットをまとめる議長を務めたの?
P:BSがかなり行き詰まっていて、それを打開しようとしていた、っていうことを聞いたんだ。でステイーブ・スォープ(BSコンテストの運営責任者。ホフマンバイクスの創始者であり社長のマット・ホフマンの右腕。)に電話した。その後誰と話したか詳しくは覚えていないけれど、とにかく彼らに、僕の考えは新鮮で、いいものかどうか話してみたんだ。そうしたら大会に来てくれって言うことになって、皆に僕の考えを説明した。それによって、他のライダーの違った視点を引き出すことになって、それが最終的に前進することの助けになったから、良かったよ。僕はBSに限らず、普通のコンテストもベストトリックコンテストがいいんじゃないかと考えている。絶対そうすべきだよ。
S:来年、ポールが中心となってコンテストを開くって言ってたけれど、それに関して詳しく聞かせて。
P:ジャム形式(みんなが1つの場所で代わる代わる乗る)で、バーベキューみたいな無料の食事、飲み物があって、プロはエントリー無料の、すごくカジュアルなものにしようと思っている。誰かライダーのライディングを30分でも1時間でもずーっと見ている人を置いて、ライダーには好きなだけ乗ってもらって、みんなはそれを眺める。その後ミーティングを開いて誰が一番凄かったかを決めるんだ。金も結構確保できるから、多くのプロを呼べるし、すごくカッコいいものになると思う。楽しいものになるよ。出来れば来年の夏にやりたいと思っている。もちろん日本からもライダーにも来て貰いたいと思っている。
凄い高いレベルのライディングと、カジュアルな雰囲気がみんなの力を存分に発揮させると思うんだ。別にそのトリックを完璧にする必要はないし、普通のコンテストみたくかしこまる必要もない。僕はただ最高のライダー達の、最高のライディングを見たいだけさ。
S:僕もフラットランドはスポーツ、っていうより芸術だと思う。だから芸術として見てもらうべきで、「芸術」という方向性がフラットランドの進むべき道だと思う。
P:その通りだね。それがコンテストではフラットを評価できない言う理由だよ。それは丸いものを四角い穴に突っ込むようなもんだよ。ちゃんとハマらない。その構造がフラットランドの前進を妨げている感もあるね。型にはめようとしている。誰かが新しい大会の仕組みを作れば、今までとは違った形でフラットランドを育てていくような仕組みのために、みんなを協力させて、考えを変えていくかもしれないね。
S:最後に一言。
P:まず最初に母親にお礼をいいたい。リック(モリターノ)とは長いあいだ友達で、僕を助けてくれている。Primoのグレッグ、Foxのディーン、SoleTechのネイト、Dansのフランク、C4のリック、ライアン、Profile, waterford,テッド・ネルソン、それと僕をここまで招待してくれたリエ、コータ、ヒロシ、トッド、サトシ、UFO,ヤス、(Green-G)、写真をとってくれたオク(奥平さん)あと僕によくしてくれたみんなへ。ありがとう。