●丸屋薫インタビュー (Craem, 2002)
Creamに初めて取り上げられたライダーの1人、丸屋のインタビューです。
まずは君を知らない人の為に名前と年齢、ライディングスタイル、ライディング歴、君の活動をサポートしてくれている企業の名前を教えてくれる?
丸屋薫、23才、ストリートライダー、ライディング暦は10年、スポンサーは、ファミリープロダクツ(彼らが立ち上げたBMXフレームメーカー)ヒルトンガレージ(日本のウエアーブランド)サビア(スケートシューズ)モトウェイ(日本のパーツメーカー)、シャープスプロケット、IRCタイア、バイクショップ SBC、UGE(BMX地下組織)
ストリートって一言でいってもパークライディングやリアルストリートライディングとかあるけど丸屋はどっち?
今はリアルストリートが中心だね。秋田(日本の北部、冬は雪が多い地域)に住んでいた頃はフラットもやっていたけどストリートも好きだったから環境も良く一年間気象に左右されずにライディングできる東京へ今から三年前に移り住みそれから本格的にストリートを始めたんだ。
東京周辺のストリートシーンってどんな感じ?
僕は日本以外でリアルストリートをあまりやった事が無いから日本にあるセクションをレベル的に海外と比較してみる事は難しい。でも雑誌やビデオを見る限り日本のストリートのセクションは海外には負けていないと思う。僕は東京をベースにライディングしているんだけど大都市はもちろん郊外の町や公園の中にはセクションが沢山あるんだ。そういったセクションが造られたのは今から30年位に日本が経済的に一番発展した時期(高度経済成長期)の頃に建てられたマンションの中や公園の中に数多くあるんだ。それに今も新しい家や街が次から次へ出来ていくからそこには必然的にセクションが生まれていく。日本の建築家は手が込んでいるモノを造りたがるみたいだからいろいろなセクションがあって面白いよ。スケートパークに関しては西日本にアジア最大のスケートパーク「ASPO(アクションスケートパーク岡山)」がオープンして話題になっているけど東日本の一般的なスケートパークはファンボックス(ジャンプランプ)がメインで淡白なセクションのパークが多いね。現段階ではパークにあるセクションよりもリアルストリートの方がテクニカルで複雑な造りのセクションが多いと思うな。
東京周辺のストリートライダーってどんな感じ?
今まではパークメインのライダーが多かったけど最近はリアルストリートライディングが流行っているせいか街へ出るライダーが増えてきている。リアルストリートをメインにやっている僕としては嬉しい限りだね。それに東京周辺にもトレイルがだいぶ増えてきてダートライダーの人口が増えてきたよ。ようやく乗れる環境が整ってきてリアルストリートライダーやパークライダーもトレイルへ行くようになったし、ダートライダーもリアルストリートやパークへ行くようになって本当の意味でのフリースタイルを楽しめるようになったと思うよ。
日本のコンテストってどんな感じ?
ストリートコンテストでは最近、ジャムセッションスタイルが主流だね。一度に4~5人がパークの中に入って決められた時間内で自由に乗りまわすんだ。人数が多い分、ジャッジは大変だけどライダーはリラックスして楽しみながら乗れるし、それによってコンテスト自体も盛り上がるからギャラリーも一緒になって楽しめるよ。でも、日本のフリースタイル界は大会の運営やライダーの管理、また、ライダーの活動をバックアップする様な特定の組織っていうものが無いんだ。だから大会も安定して行われていないし、2つコンテストが同じ日に重なってライダーがそれぞれに分散してしまう事やコンテストのジャッジが曖昧だったりして後で問題になる事もある。そういった管理面の整備が遅れているね。フラットはシリーズ戦とかもあるし、全体的にライダーがまとまっている。ストリートライダーは地域ごとでまとまってはいるけど、全体的なまとまりがないね。日本のフリースタイル界ってまだ1世代目だし、これから世代を重ねる毎に大会も良くなっていくと思うよ。
君のライディングスタイルについて教えて。
自分のスタイルを言葉で説明するには凄く難しいけど一言でいうなら「ネオオールドスクール」っていうのかな?それは自分が10年前にBMXを始めた時に見てかっこいいと思った技やスタイルをベースにしながらニュースクール的な要素も取り入れたスタイルなんだ。特にビックマ−フィーやTAJのライディングスタイルに影響を受けた部分が大きいけど、チームライダー(ファミリープロダクツ)それぞれのライディングスタイルからも影響を受けている部分があるね。
去年UGPルートジャムに参加したよね。初の海外コンテストはどうだった?
あの時はコンテスト前日にスケートパークで怪我をしてしまい当日はベストなライディングが出来なかったけど、もし全力で乗る事ができたら少しは目立つ事ができたかもしない。ベストなライディングができなくて凄く悔しかったけどあこがれていたライダーのライディングをナマで見る事ができたし、一緒に乗る事ができて凄く貴重な体験をしたよ。
アメリカのBMXシーンにふれて何か感じた事や驚いた事ってあった?
「ミッション」っていうチャドディグルートがやっているスケートパークへ行ったら開店から閉店まで1日中ずっと「デスメタル」が大音量で掛かっていたのには驚いた。日本では朝から「デスメタル」を聞く風習が無いからあれにはやられたね。(笑)それとライダー全体のレベルが凄く高くてアメリカのストリートシーンにおけるライダーの層の厚さっていうのを改めて実感したよ。
アメリカから帰ってきた後に日本でコアXゲーム(Xゲームの日本版みたいな大会)に出場したよね。そこで海外の強豪ライダー達と一緒に乗ってみてどうだった?
海外の強豪ライダーがやってくるコアXに出場して同じ舞台で一緒に乗ってみたいと思って頑張ってきたから出場できただけでも充分に嬉しかった。でも実際はセクションとの相性が合わなくて慣れるのに苦労した部分もあったけど、海外とは違って地元(日本)だったし、いつも乗っている仲間も一緒だったから皆で楽しみながらリラックスして乗る事ができた。そしたら、海外のライダーのライディングを意識せずに自分の実力をストレートに発揮する事が出来て気持ち良く乗る事ができたよ。
これからのストリートシーンを担う次世代のライダーへ何か残したい事とかある?
僕らより先に始めたライダーはBMXを日本に広め、企業にBMXを売り込み、僕らが乗れる環境を残していった。今度は僕らがこれから上がってくる若手ライダーの為に「BMXが乗れる環境」から「BMXで生活ができる環境」つくりを目指して少しずつ基盤を確立していき次世代へ残していきたいと思う。そしていつか僕らより後に始めたライダーが会社へ就職しようかプロライダーとして生活していこうか選べる位の環境になっていて欲しいと思っているね。
このインタビューを読んだ人に向けて君から何かメッセージとかある?
日本には凄いライダーやパーク、リアルストリートセクションが沢山ある、それに美味しい女や食い物、酒も沢山あるから皆、是非、遊びに来てほしいな。
最後にお礼とか?
自分が楽しくライディングできる環境と、そしてそれを支えてくれる仲間達、僕の活動を支援してくれている全てのスポンサーに大きな感謝をすると共に僕のインタビューを企画してくれたクリームマガジン、最後までこのインタビューを読んでくれた皆に感謝します。