●東右峰インタビュー (Cream, 2004)
最初に写真を撮りはじめたライダー、それが東右峰、UFOだった。もともとのライディングがカッコいいから、カッコよく撮れるのに気づかず、やたらカッコよくとれるのでUFOばかり最初は撮っていた(笑)
その内自分のウデがいいのではなくてUFOがカッコいいからカッコよく撮れると気づいて、ウデを磨くようになりました(笑)CreamのTシャツにもなったUFOのインタビュー、ご覧アレ。
まず、名前、生年月日、血液型
東 右峰、1976/5/6、血液型は O型。
チャリを始めたキッカケは?
自分でもどれがキッカケだかわからないんだよね。家が自転車屋だし、昔から自転車が好きで、小学校のころにBMXを買ってもらって、それでよく走り回っていた。高学年になると、マウンテンバイクにはまって、山に行くようになって、緑山のレース場に行くようにもなって、BMXを見て、「ああ、ああいうのもあるんだ」って、その頃にフラットに触れたんだよね。
雑誌でそういうのがある、っていうのは知っていたんだけれど、マルイにあったゲンマンってチャリ屋で見たBMXのビデオの中で、チェィスがディケイドをやっていて、そのときの自分には5回転も6回転も回っているように見えた。今考えてみれば実際は3回転だったんだけれど、ウイップラッシュとか、すごい、って改めてBMXを買ったわけで。フラットをやろう、って。
その時に原君と知り合った。原君はもうその時点で1年くらい乗っていて、自分とか欲しいから買ってみたって程度で、それで山に行っちゃうような勢いだったし(笑)。でも原君に色々教えてもらったり、技の名前とか教えてもらって、最初の1年くらいはあんまり練習もせず、ヘタクソだった。2年目くらいには原君とは違うのやりたいな、ってそっから5年くらい原君とは違う路線で常にやってきて、今のスタイルになったのかもしれない。
5年くらいやって、日本のJFAでプロになって、それでアメリカに行った理由は?
基本的にアメリカには行きたかったんだよね。チャリ抜きでも。って機会を探していた時に、平栗さんが行く、って話を聞いた。近くのローカルの人と一緒に行く、っていうんで、俺もついていかせてもらった。その時すでに平栗さんとかはもう何回か行っていて、で、向こうでみんなと生活してきた、って感じかな。
2回目は?
最初に3ヶ月行った時に、みんなと生活しているのも楽しかったけれど、最後の1ヶ月は自分1人で生活してみたかった。でも金銭的にキツかったからできなかったんで、2回目は1人で金をためて、チャリのために行った。自分が違う国で1人で生活できるのかな、っていうのを知りたかった。
それで最初、サンフランシスコの小さなジャムに行っただけだったけれど、そこで何人か知り合いが出来て、アンドリュー・アローヨとかもいた。そこからマットって奴の家に行って、そこはちょっとライダーズハウスみたくなっていて、ロス・スミスとか住み込みでいたんだけれど、ちょっとしたらケリー・ガットやダン・リグビーとかも来て、なかなかいいメンツだな、ってそこで1月くらい乗り込んでた。ほとんどはロス・スミスといた。
そこで得たものは?
こういう生活もあるんだなぁ、と。ライディング的には全然向上しなかったけれどね。向上したのかもしれないけれど、なんか、とにかく向上した、って思えなかった。周りが凄かった、っていうのもあるけれど、以外に3ヶ月って短かったのかもしれない。生活的には長かったのかもしれないけれど、ライディング的には短かかったのかもしれない。毎日乗る生活は悪くはなかったけれど、毎日乗り続けるのも楽しいばかりじゃないな、って分かった。ロス・スミスも毎日乗っていたけれど、彼を見ていても楽しいな、って部分と、苦しいな、って部分が見てとれたし。ロスもやっぱり金銭的な問題が大きかったみたいだけれどね。後、自分が評価される場所があれば、それだけでやっていけるわけで、でもロスくらい凄く出来る人でもやっていける場所が無くて、キツいだろうなって思った。そういうのを乗り超えて、チェイスみたくやっていく人もいるわけで。そういう状況でスキルを積み重ねていくのはすごいよね。年単位で技やコンボに取り組んでこなしていくし。技とか見ていても。引きこもって乗るより、いろんなシーンがあるから、そういうのを見ているほうがいいのかもね。刺激になるし。
帰ってきて?
しばらくボケーっとしていたね。何が出来たんだろ?って思ってたりして。自分が満足していないのを凄く感じた。ライディングにも生活的にも。凄くよかったけれど、これを求めているワケではないな、とこういう時間があってもいいけれど、ずっとこういう生活を続けていったらダメになるなと思った。やりたいけれど、もう多分次は許されないって感じた。
未だにあのころの気持ちはよくわからないね。俺とかそういうのって結構多いからね。あがいて動いた結果を自分で処理しきれていない、っていうか。CFBとかローカルのみんなで行った時は、面白かったし、帰ってきて凄く上手くなった。刺激があったし。あっちではテンションあがるから、キツいワザとか練習するじゃん。そのままこっちでもキツいワザとか練習できたりして。
でもその1人で行ったアメリカのことは消化できてない。なんの役にたったんだろう。って。みんな乗ることでモノを考えるじゃん。俺もそうだけれど、そう考えると、3ヶ月毎日チャリ乗っていたけれど、あんまり上手くならなかったし、なんかな、っていう。
チャリでやろうとしていることは昔と変わらない?UFOとか絵を書いたり、音楽を聴いたりって好きみたいだし、絵とか特にUFOは時間つぶし、って言っていたけれど、表現には変わりないわけだし、そういった絵や音楽のセレクション、ライディングっていうのはUFOの中で繋がっているの?
いっしょで、音楽とか絵とか書いている部分が、やっぱりチャリにもあって、それだけじゃなくて、体動かすのが好きなんだよね。それで人より上手く、っていうか競い合う部分も好きだし、そういう部分と、絵や音楽にある要素すべてを満たしているのがチャリ、っていうか。上手く言葉に出来ないけれどね。競技的な部分や、表現的な部分があって。でも俺の場合、評価されるのは表現の部分で、そこに頼りすぎているのかもしれない。もっと錬度を高めないといけない。アスリートとしての体力とか、すぐゼーゼーいっちゃうし。(笑)じゃないと表現もできないしね。
ものごとは体で考えた方がいいんだけれど、チャリ以外のことは考えすぎて出来なかったり、考えなさすぎて出来なかったりする。でもチャリだけは実行に移していきたい。電車に乗っていて、ワザを思いついて次の日にやるのもいいけれど、チャリに乗っていてワザを思いつく方が現実的。頭で考えたトリックは現実に追いつきにくい。
ただ、頭で考えたトリックも、体で覚えたトリックのイメージのフィードバックがあるだろうから、だから体の錬度を上げていけば、頭のイメージの方も正確になっていくのかもね。
それとこの絵は何を表現しているの?
自分の欲求を満たしているだけじゃん?(笑)これでなにかしたいっていうのは無いけれど。なんか、モノを作ったり、描いたりするのが好きな奴って、タマにむしょうに絵を描きたい、とか何か作りたい、っていうのが出てくるんじゃない?こういう風にやっていても、何か表現したいの?って言われたりするけれど、そういうわけじゃなくて、タマに友達に見てもらったりしたくなるけれど、基本的に自分の中でカッコよければいいかな、っていうのがある。物事の考え方的にもね。
カッコよくの定義は?
誰しもが見てカッコいいっていうのじゃなくてもいいんじゃん。俺のカッコよく、っていうのはその時たまたま流行っているものかもしれないし、そうじゃないかもしれないし。今はそうでもないけれど、たまにマニアックなのやっちゃうわけじゃん。その時はそういうのがやりたい、いい、と思っているわけで、最近はむしろ普通のワザ、ダンプトラックとかやっているし。
それでも何かあるから、フランスでも取り上げられたりするんじゃない?
トータル的なものが認められているのかもしれないね。自分が関わるものに関して、例えばどんな音楽をかける、とか、洋服はどうする、とか、自分ができる範囲で、全部考えてカッコいいものにしたい、とは思う。
自分でカッコいい、って思って出したものが誰かに何かいわれることもあるし、その時はそれで嬉しいし。ワザとかもカッコいいやつやりたいじゃん。
みんなそれぞれ、物事を考える時の軸、っていうのがあるけれど、自分は全部「カッコいいか」っていうのがそれだね。何か買わなきゃいけないとき、何かチョイスしなければいけない、決めなきゃいけないときの軸がそれだね。特にその感性を磨こう、とは思わないんだけれどね。好きでやっているだけで。
自分の収入とか考えても、こんなにたくさんCDとか買ってどうするんだろ、とかタマに思ったりするけれどね(笑)DJやりたいわけでもないんだけれど。チャリと生活が密着していると、チャリ乗るときの曲を選びたくなるし、ライディングでもワザのチョイスによっても、大会に出ようかどうかも考えちゃう。そういった感覚も大切にしたいけれど、やっぱり最初にも言った、もっと泥臭く、息を切らして頑張る、みたいな部分も必要だよね。
プロでやっている以上、雑誌やメディアへの露出、っていうのも大切になってくるわけで、雑誌やそういったメディアに関してはどう考えている?
スケートとか、USRideとか見ても、ドキドキするよね。自分の知らないシーンとか、知らない世界とか、ワクワクする。例えば、スノーボードの雑誌とか見ると、部屋とかでたまっている写真とかあったり、それで毎日滑っている、って世界を知れたり、パークでみんなたむろったり、乗っているシーンがあって、って、写真だけど、色々なシーンを切り取って雑誌になっている、それがワクワクするものがいい。サークル・オブ・バランスの会場の写真を見ても、テンションあがるし、俺とかそういうのがある。ぱっとライディングを撮った写真とかみても、「こんなライダーいるのかよぉ」とか色々考えるし、実際はそうじゃないのかもしれないけれど、そのシーンを切り取っているわけで。
後はカルチャーを作る上で、雑誌は一番重要だと思うんだ。少ない情報だけれども、カタチに残っていくものだし。俺の中のカルチャーっていうのは、スケートとか、スケートっぽい音楽があって、ビデオがあって、スケーターみたいな服装もあって、ローカルシーンがあって、イベントや大会があって、そこで音楽する人もいれば、絵を描く人もいて、それに興味を持ったほかのカルチャーの人が入ってきて、クロスオーバーして大きくなっていく、みたいな。
BMXでもダンスやDJの人たちとだんだん交わりつつあるよね。そういう意味で、雑誌は表現したり、教えたりする、っていう情報という面で大きな役割を担っているよね。そういう意味で期待はしちゃうよね。雑誌はシーンを写す鏡だと思うんだよね。Rideとか表紙とか見て、アメリカに行きたい、でその洋服を着たい、って思うし。それがワクワクするものだしね。
でも何年もやっている人もいるし、始めたばっかの人がいるし、それぞれのレベルでその「ワクワク」する対象は変わってくるじゃん。その辺のバランスが難しいよね。それに関してはどう考えている?
実際もうみんな色々考えていると思うし、現実的な問題もあると思うけれど、表現する、ってことに関しては、一番ハイレベルなものでいいと思うんだよね。始めたばかりのコが見てもよくわからないかもしれないけれど、俺らがカッコいい、ってものを載せても。もちろんHowToとかは分かりやすく載せる、っていうのが目的だから、それはそれでやり方が変わるけれど、色々な意見を無理やり取り入れても面白くなくなってしまうから、やっぱり一番高いレベルのモノを出していっていいと思うんだよね。
UFOがかける音楽とかってどういうのが多いの?
ブレークビーツが多いね。
どのくらいの頻度でレコ屋に行く?
毎週行くね。本屋は毎日行くね。仕事帰りに。パラパラめくって帰る。時間があれば吉祥寺にあるいいCD屋に行ったり。でも雑誌は買い控えてる。立ち読みしてる。そっちの方が集中している。たまに買った雑誌も立ち読みしてる(笑)もっと金があれば、写真集とか買うだろうけれどね。コレクター的なところがあるかも。買ったけど読まない、とか、CDもジャケットがよければ買ってしまう、とか。
写真集とかどういうのが好き?
風景が好きだね。癒されるね。スケートヒーロ、とかその場の空気が写っている奴とか、
日本のBMXシーンの中で、UFOの位置っていうのは?
5年前なら質問されない質問だよね。みんなそういう状況にあるから俺もそういう質問をされると思うんだけれど、基本的には何も変わっていないよね。ライダーだから。なんとなくみんなの中で、「それじゃぁどうなの?」っていう部分があったりするんだよね。
期待されてるんじゃないの?UFOなら何かして欲しい、っていうかUFOなりに何かカタチにして欲しい、っていうか。
カタチにすることは考えているかもしれない。ま、欲張りモードにならないようにやりたいね。大会みたくなって行っちゃうからね。前もTシャツのデザインとか頼まれて、それは売られるわけじゃん。そうすると重くなってきちゃうんだよね・・・。シンプルな言葉は使えるようになりたいね。その場のその状況に応じた、シンプルな言葉を使える奴っているじゃん。それは才能を感じるね。
原君の存在は?
チャリに関して、原君がいなかったら続かなかったと思う。一緒に色々な所に行けたし、何年も同じ場所で同じ時間に乗っていて、そういう時期がずっと続いて、凄く面白かったし、チャリ以外のことに関してはずっと水と油みたいな感じできているけれどね。でももめるってことは無いね。俺らの目的はチャリンコだから、それが出発点であり、着地点であるから、もめても最後はライディングで話が収まる、っていうか。ライディングで会話する、っていうか。言葉でコミュニケーションしていたときもあったけれど、面倒くさくなってくるからね。言葉でない方が上手くいく、ってこともある。
今でも一緒に乗っても刺激になる。なんでそれが昔と変わらないか、っていうと原君が昔からスタンスが変わらないできているからだね。
この先のプランは?
俺自身も今、着地点が見つからない。カッコよく言いたいけれど、5年前ならカタチになる言葉で言えたかもしれないけれどね。
考え方自体では活路は見つけられない気がする。体を動かすことで、行動することで見えてくるのかなぁ。その行動のチョイスで悩んだりしてしまったりするけれどね。