●宇野陽介インタビュー
日本のシーンを引っ張る宇野陽介。そのCream#23に掲載されたインタビューです。
予想を上回り遥かにライダーが集まるコンテストとして年々成長 を遂げて行き、立ち上げのメンツですら運営に追われコンテストに集中 出来なくなる時期も有った。
その度、ジャッジ、運営サイドでKOGを支えた事もあっ た、逃げ出した事もあった。そしてライダーとして果たせて無い日本一 の夢の為、06年シリーズ戦に復帰した。
結論から言うと大きな精神的な壁を越えて得た勝利はみんなにも 大きな勇気を与えれると信じている。そしてみんなから頂いた大きな拍 手や声援は、コレからの自分に大きな勇気を与えてくれた。
最初の火を付けたのが、自分達で、現在は自分も含めた全てのラ イダーのモチベーションを上げる為のコンテストと思う。
だから、それ相当の苦しさも存在すると思うけど、みんなで頑張 ろうと思う。
海外転戦を始めた理由。
日本、アジア、アメリカ、ヨーロッパ、世界各国すべて、文化も 風習も生活環境も全てが違う、考え方も違う。
だから、全ての国で、自分達ライダーの置かれてる立場は全て違 うと感じてた。
だから、自分自身の必要とされてるライディング技術の他に、そ の場所の状況が知りたかった。
勿論、言葉の壁が在る為、全ての情報収集が的確とは言えないけ ど感じる事は誰にもでも出来る。
ライディングに関して言えば、『アジアにも良いライダーは居る ぜ!』って世界中に知って欲しかった。
その、1番手が"YORK UNO"と言う名前かな... その、名前でライディングのイメージやシルエットが想い浮かべ れる所まで自分を高めたかったから。そして転戦、挑戦し続け未来を自分達の手で勝ち取る為。
Aresが生まれた経緯は?
97-99年アメリカを転戦してた頃、やはりメインスポン サーはBMXメーカーがベストだって想い出した。
でも、自分を受け入れてくれる所は何所にも無く。受け入れてく れたとしても他人任せでは、どうしようも無いと想い。自分のポジションで仕事をこなせる、世良さんと ARESBYKESを始めました。
ARESBYKESについては今回のインタビューでの、自分が存 在する全ての要素とも言えるのでそれ以上は今回は話しません。
1つ言える事は、ライディングを支える為にそれ以外もオリジナ ルで無いといけないと思います。
日本のシーンの構造に関して
つい、十年前までは100人くらいだったflatriderも今は潜在的riderを含めれば4000人くらいに拡大した。なぜ?先ず、日本の16ー20歳の世代はBMXを買うために1ヶ月約8ー15万くらいをバイトで稼ぐ。
地方は実家暮らしが多い為、出費をギリギリまで押さえる事が可能である。学校が終わると、バイトとBMXが当たり前の毎日。PRO RIDERは数えるところ10人以下。
内容はパーツ開発、セールス、デモ、コンテスト、メディア出演等の収入をメインとして...
その全てをバランス良くこなしてTOP PROの座を維持してる。
もともと日本人は働き者で、欲しい物が有れば必死に働き得たいものを得ると言う習性がある。あとは勉強熱心で仲間意識が強く、若い世代は特に仲間内での決まり事や習慣が強くライフスタイルに反映される。
90年代後半に入り、伊東高志、岡村旭、田中光太郎、宇野陽介、山本亮 二、森崎弘也と言うスター選手が生まれた。彼らは、常に世界中を一緒に旅して、日本と世界のギャップを若い世代 に伝えると同時に、個々の出身地の違いを越え日本を1つのチームへと 進化させた。個々の役割を的確にこなして、自分達の個性を殺さず新し い個性を見いだし、日本のFLATLANDシーンを今のレベルまで引き 上げた。
更に、竹生ヤスユキ、上原ヒロシ、中村マサシ、山崎ハジメと 言うサブカルチャーをサーポートするライダー達が6人+このシーンを 支えライダー主体の日本のBMXシーンが確率した。世界と日本の 大きな違いは、文化の浅いこのシーンをライダーがメインで全てをこな してると言う点である。お互い上下無くFLATな立場で、自分達の 任されたポジションを確実にこなして行く事。他の国とは違い、収入、 立場の違いがほとんど無い為、シーン自体が同じ1つのベクトルへと自 然にゆっくり進んで行ける。
今の状況
しかし、この時代6人を中心に良いも、悪いもバブルが訪れた。2000年に入り、日本のFLATLANDシ-ンのバブルは崩壊したかの様 に見えた。しかし、それは過激に増加した街乗りのBMX、金儲け を先走ったライダー、ビジネスマンに当たった天罰だと自分は捉えて る。もともと乗るに全てを懸けたライダー達にとっては、1試練にしか 過ぎない。
過激に増えたライダーもビジネスもコンテストも次第に元の姿を取り戻 しだした。俺たちが始めた頃の様にバイトして、パーツ買って乗り続け てたあの良き時代に。もともとPRO SHOPなんてほとんど無かった
このシーンがすこしづつ本物志向になって行き全てが上手く行く。正直、ブームが去れば俺達PRO RIDERの収入も減るだろ う...。しかし、それでも諦めず時代が変わるまで自分達を磨く 事しか、近道なんて有りえない。そして、何時も自分を奮い立たせてる のが、仲間。究極全てを、共に生きギリギリの勝負の世界に身を置く。何時も喧嘩しながらお互いを高め合い、励ましながら生きてる。そして その仲間がすこしづつ増え...
サークル・オブ・バランスが日本のシーンにもたらしたものは?
05年以降、先日行われたCOBまで正直、有る意味日本のライダーは諦めが脳裏を過ってたと思う。どうして行けば良いのか?何を信じたら良いのか?しかし、やはりあのコンテストにはヒントが沢山隠されてた。
日本に来たライダー達に日本の凄さを感じてもらえたと思う。まだまだ 増加する、日本のFLATライダー。ここ石川、日本の小さなこの土地にも多くのライダーが存在する。ある目標地点がうっすら見えて来た。
それは、日本の政府にBMXが必要な競技だと把握させる事。
エコ、仲間意識の強さ、スポーツ、全ての良い要素を把握してもらい、 関心を高める。そして、自由に乗れる環境の確保を優先する。
それには、誰かがその場所、ポイントでリーダーシップを発揮して1つの答えを提示して行く事。
ここ日本に関して言えば、PRO RIDERがその大きな役割を任されている。だから、自分は広い視野で、強い意志でBMX,FLATLANDを伝えて行ける様に努力したい。
最後に何か?
メーカ、コンテスト、ライディング、メディアの全てにアートの 要素が存在して、フリースタイルでこのシーンは文化として発展して行 くと思います。なので、今回は自分の考えを世界中のみんなに聞いて頂いた事が 本当に嬉しく思います。
ありがとうございました。