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    <title>SENN Project Japanese</title>
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    <updated>2007-05-07T11:11:24Z</updated>
    <subtitle>BMX, artform, contest, flatland, BMX freestyle, X-Games</subtitle>
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    <title>森崎弘也インタビュー(Craem 2005年)</title>
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    <published>2007-05-07T11:09:47Z</published>
    <updated>2007-05-07T11:11:24Z</updated>
    
    <summary>稀代の天才ライダー、森崎弘也のCreamに載せたインタビューです。Creamで初...</summary>
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        <name>GreenG</name>
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            <category term="Cream Interview" />
    
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        稀代の天才ライダー、森崎弘也のCreamに載せたインタビューです。Creamで初表紙の撮影のために、何度も撮影を重ねてフランスに送って没になり、ついには金沢まで行って撮影したというのを思い出します。
        <![CDATA[ヒロはその限られた特権をＢＭＸフラットランドの世界でもつ、稀な人間であると思う。しかし年月を経て、天才ライダーにも時は平等に刻まれていく。物事の終わりが視野に入ることで、人は思い悩み、それを乗り越えていかなければならない。そしてそれは天才であろうが、凡人であろうが、ＢＭＸであろうが何であろうが変わらない。１人の天才ライダー、１人の２７歳の男として、人生に向かい合う人間がここにいる。あなたと変わらない何かを持ち、誰もまだ見ぬ新たな地平を目指して。

<u><em>今何を目指して乗ってるの？ヒロが乗りつづける理由は？体を壊すまでアグレッシブな技をやっているけれど・・・。そういうリスクを背負ってまで攻めつづける理由は？</em></u>

初めて今やってるトリックをやった時はそれがリスクだとは思わなかった。

<u><em>今やっているようなトリックを初めて考えたのはどのくらい前？</em></u>

５年くらい前かなぁ。ある程度イメージはあった。でもその時はまだ難しすぎた。テイルウィップとかアグレッシブな感じに本腰入れてやっているのはここ２年か１年半くらい。自分がやっていてテンションがあがるトリックがいいなぁと。

<u><em>ヒロとかたくさんトリックを持っていて、捨てるトリックも多くて、その中でもテンションがあがるトリックを選んでいくと？</em></u>

色々な技考えるけれど、そういうチョイスになってきたね。新しいコンセプトだし、自分がカッコいいと思う技がたまたまそれだった。これからそのコンセプトでももっと色んな種類のが絶対出てくるでしょう。　

技はなんか飛ぶだけじゃなくても、テンポがいい奴がいいね。スピード感がある、みんなが見ていて興奮する、見ている人が油断してたら今なにやったの？って見落としてしまうような。展開の早い、テンポのいいトリックは重要。でもテンポが崩れると、決まらなくなってしまうけれど。

<u><em>コンテストは必要？</em></u>

どっから凄い奴があらわれてくるかわからないからね。凄い奴が出てきたら単純にあがるじゃん。すげーって。昔はすごく順位を気にしていた。順位、順位って。でも今は３人ジャッジがいても、そいつらだけの評価だし。コンテストに来ているまわりのみんなが認めてくれて救われたりする。「あ、自分がやってきたことは正しかったんだ」って。自分がそのトリックを愛してることは間違いないわけで、ケガしながらもやってきて、やっとカタチになって、それがみんなにも納得されたら救われるよね。

<u><em>ライダーの中には自分が決められればそれだけで満足する、欲求が自分の中に向いている人もいるけれど、ヒロは見ている人、第３者っていうのも重要なんだ？</em></u>

見ている人の存在も多少は気になるけれど、やっぱり自分がよかれと思ってやっているだけだから、乗ることっていうのはやりたいこと、ってことでしかない。

<u><em>それでプラスアルファ、みんなが自分がやっていることを喜んでくれたら嬉しいと。</em></u>

みんな自分がカッコいいって思うトリックだけを目指していくよね。結果、みんながいいって言ってくれたらよかったな、みたいな。確信っていうのはないよね。やりたいことをやってくしかない。勝つためにやってるわけじゃないけれど、結果的に勝ちにつながる、ってことは更に嬉しいじゃん。みんながいいっていってくれたり、コンテストで勝つことも何かしらの結果だし。それで自転車をはじめる奴がいたらそれも結果だし。そういう結果がついてきたら、なおいいよね。

<u><em>今年はヨーロッパを転戦してたじゃん。なんでそこまでヨーロッパにこだわったの？</em></u>

なんでだろ。意味はあまりないかなぁ・・・。いいコンテスト、大きいコンテストがあるのがヨーロッパだし、ライダーも増えてるし、凄いライダーもたくさんいるから、そこでみんなと乗りたい、っていう気持ちがあったからかな。それが一番メインかな。それに付随して、日本にあまりないコンテストが面白いし。バトルスタイルとか。楽しく乗れるし。２分間や３分間のコンテストで出し切れないものも出し切れたりするし。余計にいいかな。バトル形式は自分は得意で、それも楽しめる。交代交代だから息も続くし、より難しいことにもチャレンジできる。

<u><em>ヒロのトリックって息が出来ないんだ？</em></u>

エルクとか入ったら息がつげるみたいな。息はしているけれど、止めている時間が長いよね。ロングつないだ後のルーティーンはつらいかなーみたいな。２分間フルに集中力を保ててない気がする。勢いでいっちゃってるところがあるよね。できる技でも、コンテストでは勢い気味だよね。なんか。

<u><em>自分のトリックに関しては？</em></u>

自分にしか出来ないことができたら、一番いい。でもいずれはみんなやってくるから、チャリのライダーの環境も、チャリも進化してるから。ライディングは絶対進化するはずだし。やりたいことをやり続けるくらいのスタンスがいいのかな。

<u><em>ヒロとか肘に爆弾を抱えていて、乗れなくなるっていうか、そういうことを考えたりする？焦ったり・・・</em></u>

肘が痛くて乗れない期間がもったいなく感じるよね。でもそのおかげで前よりも自転車に乗るようになった。逆に。真剣味が増した、っていうかテキトーに乗っていたところがなくなってきた。いつか乗れなくなることを考えたらね。でもそれより私生活が大変なのがツラいかな。顔が洗いにくいとか。ちょっとづつ考えながら生活している。でも自分の中ではあまり現実味がない。スグに乗れなくなる感じはしないし、乗れなくなったらどうするんだろう、って思う。

みんな何歳まで乗るんだろう？ジェシーとか結構みんな年取ってきても乗れてるから、何歳まで現役で乗るのか、乗っていっていいのかみたいな、みんながその辺どう考えているのか気になる。一生できる仕事なのかなぁとか、乗れなくなったとしてどういう距離感で付き合っていくのかとか。どういったことがターニングポイントになるのかとか。生活のスタイルも変えなきゃいけないだろうから。

ウデがもう使い物にならなくて乗れなくなったら仕方ないけれど、年だけを考えた場合、いつ乗なくなるのか、今の状態、プロで通用するレベルで乗れる状態を何歳まで維持できるか本当にわからない。誰もが結果を出していないっていうか、やり遂げていないから。難しいよね。ちょっとづつコンテストにでなくなってきて、みたいになるのかなぁ。どう思う？

<u><em>俺は腰を痛めてチャリに乗れなくなって、でも今は写真やこうしてＢＭＸに関わっているし、手が取れたとか足がなくなったとか何らかの理由で乗れなくなったとしても、そのエネルギーは別の表現に向うと思う。自分が写真にシフトしていったように、今のトッププロのライダーたちを見ていても「表現したい」という欲求が強いから、それが別のカタチで現れるだけだと思うよ。</em></u>

何歳まで乗るんだろう、ＢＭＸで一生関わっていけるのかってみんな思ってるだろうし、俺もそれが気になる。乗れるならずっと乗ってたいじゃん。乗って生きていけるならそれがベストだけれど、そうじゃないはずだから、どうかなーって。日本より海外はまた違うスタンスなんだろうか。全然違う考えを持っている人もいるよね。]]>
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    <title>河村卓馬インタビュー</title>
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    <published>2007-05-07T10:56:08Z</published>
    <updated>2007-05-07T11:03:17Z</updated>
    
    <summary>その穏やかな風貌と誰からも愛される性格から、別名”神様”としてしられる2005年...</summary>
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        <name>GreenG</name>
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            <category term="Cream Interview" />
    
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        その穏やかな風貌と誰からも愛される性格から、別名”神様”としてしられる2005年度KOGチャンピオン、河村卓馬のインタビュー。一本芯が通ってます。
        <![CDATA[<u><em>名前、歳、ライディング歴、血液型</em></u>

河村卓馬、２９歳、ライディング歴１０年半。血液型はAB型。たいがい誰も血液型を当てたことはないんだよねー。

<u><em>ライディング始めたきっかけは？</em></u>

結構小さい頃から自転車で遊ぶのが好きで、小学校３年生くらい（９歳くらい）のときにレーサーのマングースのチャリを買って、その前の幼稚園の時とかもインチキＢＭＸで家の近くの世田谷公園とかで階段を走り降りたりしてて、小学校３年の時に買ったマングースが１年乗ったか乗んなかったかくらいで盗まれて、見つかったんだけれど壊れてて乗れなくなっちゃって、一旦ＢＭＸから離れてサッカーにはまって、高校位のときにスケボーをやったけれどあまりはまらず、でも何か打ち込むのが好きだからなんかやりたいなーと思っていて、高校卒業して大学で北海道に引っ越して、大学で何をやろうかな、と思いつつ、サッカーもやりたかったし、ＢＭＸがちょうどその頃、テレビＣＭの影響か高校の時でも回りでＢＭＸやりはじめた人が結構いて、ＢＭＸもちょっとやりたいなぁーと思っていて、そしたら大学の先輩が学校の中でやっている人がいて、ちゃんとやっているのを見たらすごく面白そうで、最初に黒いモラレスを買って、その先輩に教えてもらって、その時、函館でチャリをやっていた人は長い人でも１年やったかやってないかってくらいの人ばかりだから、２、３ヶ月くらいやっていたらみんな同じくらいのワザのレベルになって、そっからはもうビデオを見ながら、このワザやろう、っていうのを、教えてくれる人もいないから、自分で見てやっていて。

<u><em>チャリとかビデオとかはどこで買ったの？</em></u>

ビデオはその一緒にやっていた人が持ってたビデオ、Ｂａｃｏ５とかだったかな。を見せてもらって、１年くらい経ったころに、札幌のライダーとつながって、その札幌のライダーが和田直哉とか、沢山ライダーがいて、そっからビデオを貸してもらって、見たのはＤｏｒｋｉｎシリーズのウィリーズとか、Westcoast4130、エッガー、ジェシー、全盛期のころをみて、特にエドガーが好きだった。モラレス乗っていたのもあったけれど、動きが読めないっていうか、スタイリッシュな感じが好きだったねー。で、最初はでも探り探りやっていって、ファンキチキンやったり、ラードヤードやったりで、フロントトリックはそこそこやったんだけれど、当時フロントワザやってたらちょっと腰痛が出てきて、フロントワザよりラードヤード、カブースを多くやっていて、やっぱり多くやっていたワザが面白くなってきて、最初はオリジナルワザを考えたっていうか、１人で乗っていたから、必然的に自分が考えたワザをやるしかなかったっていうか、それを突き詰めて、アレンジを加えて、アレンジを加えて、ってやっている内に今乗ってる方法に変わっていって、オリジナルとか意識するようになったのは東京に戻ってきてからなのかもしれない。北海道は５年と８ヶ月いたね。大学は４年間で卒業して、その後北海道の生活がすごくすきで、卒業してから学生の頃からやっていた居酒屋のバイトをしながら、安いアパート住んで食っていってて、やっぱりチャリを本気でやりたいって思っていて、就職をしなかったんだけれど、したらやっぱり北海道にいると冬が雪積もっちゃって乗れるところも、ないことはないんだけれど、狭かったりなんだりで、なかなか厳しくて。それでチャリを本気でやろうと思って、東京に帰ってきて。で、実家の仕事を手伝いながら、ずっと乗るやり方で、東京帰ってきてなんだかんだで５年たつね。最初はエキスパートから始まり。最初はＫＯＧをエキスパートで出てたころは、プロクラスっていうのはホントに意識してなくて、大会で自分の乗り方が出来たらいいかーくらいで。したらエキスパートで決勝とかいけるようになつて、そうなってくると人間欲が出てきて、「こうなったらとりあえず、エキスパートで優勝いけるかなー」みたいな感じでやってって、運良くっていうか、エキスパートで優勝できて、じゃあもうプロでやろうってプロにあがっていきなり４位になっちゃったりして、やっぱりまわり東京きてからいろんな人のライディングを見てると、高志にしろ、旭にしてもヤンマーやヒロ、光太郎にしても、みんな技の数も多いし、バリエーションも多いし、でも俺は結構偏った乗りかたするから、それで食うっていう意味で言ったら俺はプロクラスではないなー、と思いながらも、出させてもらえてるし、そういう感じで大会の２分間を自分の乗り方で乗って、それをいろんな人に見てもらえたら。でみてる人がそれでよろこんでもらえたらいいなーっていう感じでやってた。

<u><em>チャリで食いたいって気持ちはある？さっき言ってた技数が少ないからとかチャリの技術とかを除いて、純粋にチャリで食えるとしたら？</em></u>

あー、けどね、そこはなんか自分でも全然あんまりそのことについては考えたことはないかな。ま、食えたら食えたでいいのかなって思えるし、やっぱりそれで食うってなると、ライディングのために削らないといけない部分も出てくるし、チャリンコもすごい好きだけれど、遊ぶのも好きだし、チャリと全然ちがう仕事をするのもキライじゃないし、だからプロっていう意識は、光太郎とかと比べたら全然ないと思うね。雑誌の取材も何回かやったことあるけれど、プロでやっていく、ってなったらそこでギャラは、みたいな話になると思うけれど、なんかあんまそこに結びつけるのヤだから、そう言う風にしてまではと思うんだけれど、今の自分のスタイルのままで、そういうサポートについてくれる何かがあるとしたら、すごい面白いかなと思うけれど、現実は難しいだろうなぁっていう。ゲンに光太郎とかヒロとか、プロで食ッテイルやツラがいて、そこがトップにいて、若いコもそこを目指す人も沢山いるもんね。そこのポジションに去年のＫＯＧでシリーズチャンピオンになって、その位置にかなり近いところにいる俺が、やっぱりそういう風にプロになっていかないと、下の若いコも、「ああ、ＫＯＧで優勝しても食っていけないんだな」みたいな感じになっちゃうのもよくないのかな、って思うと俺も自転車こんんだけできんだよ、って方向にいった方がいいのかな、って思うこともあるね。

ホント昔からＫＯＧはあれだけライダーが集まる大会もそうそうないし、優勝どうこうより、みんなで集まって乗るのが楽しくて昔から大会いってるし、でも人によってはＫＯＧだからってピリピリしちゃう人も出てくるのは当然だな、って思うけれどちっちゃい大会でもピリピリするスタイルで出てる人もいるだろうし、中には厳しい意見を言う人もいれば、そういうのを抜きにしてＫＯＧを楽しんでいる人も多いだろうし、そっちの方が多いと思うし、そういうもっと楽しんでるよーって人が増えれば励みになると思うし。

<u><em>卓ちゃんが去年ＫＯＧでチャンピオンになったけれど、ＫＯＧに求めてきたものっていうのは？</em></u>

ＫＯＧはホント、特にプロクラスになってから思ったのは、ライダーにとっての最高のショータイム的な時間かな、と思う。ただ一般の人が大勢いるところでショーをするのとは空気が違う。ＫＯＧのプロクラスに出るのは。ライダーがあんだけ多いなかで見せるってことは、当然プレッシャーもすごいあるけれど、それを乗り越えて気持ちよく乗れた時、キマった時は、まわりが沸いてくれたときは気持ちいいね。それを求めているかも。あの空気を。固い緊張感をヤダっていう人もいるけれど、俺はそれを楽しめるようになった時は、出てて面白い。２分間を１人を独占できるっていう。あとはそこでどんだけ自分をアピールできるかっていう。なかなかその２分間で１００％を出し切れたことは今までないし、そこで優勝を求めている、っていうよりその２分間で、どんだけ自分を１００％に近いパーセンテージで見せられるかな、っていうのが毎回の目標で、だからといってメイク率ばっかを意識して練習するのもイヤだし、だから大会でも２分間を絶対決められる、っていうので使い切りたくないし、自分の自然体を見せきって１００％見せられればそれがベスト。それはＫＯＧに限らず。
去年世界線いったときとか自分出せたかなー、って思っても評価が低かったりもするし、ＫＯＧとかだと自分ではイマイチだったかなと思っても、決勝にのこれたこともあったし、ＫＯＧだと３人でジャッジする、っていうのが自分もエキスパートノジャッジをして、これはジャッジには文句言えないなーって思って。出てるみんなが違うことをやってるから、それを点数つけるとなると誰も文句言わないようにやるとなったらそれこそフィギュアの世界になっちゃうし、もしＫＯＧがそういうスタイルになっちゃったら、出るかなーって思うし。だって１００％出して、この人には勝てないっていうのが見えてきちゃうし。この人に勝つにはこれを出さないであれを出せば勝てるな、みたいになったらフリースタイルじゃないなーって思うし。やっぱりフリースタイルでやっている以上、自分がやりたいのはなんでもいいし、ジャッジの評価もなんでもいいと思うし、結果はそこまで固く意識しちゃうと自分を追い込むだけだし。

普通に順当にいったら、俺から見てヒロに勝てるライダーは普通に見たらいないかなーって。あのテンポでハードトリックをガンガン出してたら、フィギュア的にみたらヒロには勝てないし、でも去年のシリーズ的に見たら俺が１位になれて、２位が光太郎で、３位がヒロで、その時点でＫＯＧはそういう見方で見てるから、誰もが楽しめるんじゃないかな、って思う。みんな思ってるかわからないけれど、俺が優勝したことで、みんなの希望は増えたんじゃないかと思うね。（笑）俺はライディング偏ってるし、そんな飛びぬけてセンスがいいとは自分でも決して思わないし、それでも自分のスタイルを追及して、見せ方を工夫するっていうか、自分の世界観を固めていけば、誰にでも可能性はあると、みんな思うかなぁ、って。そういう影響を与えられたらいいかなと思う。ライディングだけでも面白くないかな、って思う。せっかく音も選べるし、自分の好きな音楽でもいいし、ライディング単品で考えるのではなしに、２分間全体の空気を全体を見て表現できれば、っていうのを考えてるかな。

<u><em>旅自体が好きそうだけれど、卓ちゃんに取っての旅って？</em></u>

俺もチャリに限らず感じることが大切だな、って思っていて、思うがまま、気の向くままって大切かなっておもぅて、学生のころに修学旅行とかあるけれど、決まった流れの中で自分がついてくだけだけれど、旅って言うのを実感したのは大学の４年の時に車にチャリ積んで、北海道から九州まで行ったんだよね。最初は１人で東京まで行って、その時にアキルジャムかなんかにあわせていって、そこで地方、静岡、大阪、名古屋のライダー、旭とか岡山のヒロシとかいて、その辺でつながりをちょっとつながったところで旅を始めたんだけれど、まずはDig-itにいろいろ情報を聞いて、旅したんだけれど、その時一番楽しかったのは出会いだったし、特にライダー同士の出会いがすごく面白くて、みんななんではじめてあった人にここまで優しくできるんだろう、っていうのがあったし、色々トラブルもあって、大阪で友達に携帯水没させられて、電話が使えなくなって、そっから岡山いって、福岡いって、福岡でストームいって、山さんとか会って、どっから来たとー？って「いやー北海道から来ました」って「宿とかどうしとると？」って「まぁ車の中」とか言うったら即答で「ウチとまりに来なよ」って、今までそういうのって実家だったからのかなかったから、凄い新鮮で、いい人だなーって、でもそこで財布を無くし、免許、カード全てなくし、実家から現金だけ送ってもらってなんとか実家まで帰ったんだけれど、でもそうやって人と人のつながりが面白くて、それもあってＢＭＸにのめりこんだのかなぁ。その旅が無かったら、大学卒業しても「チャリンコに」ってならなかったと思う。そのころって迷ってる時期で、就職しようか、実家に帰ろうか考えてて、そういう時に旅して、色々人と出会って、色んな生き方あるな、って思って、その時にＢＭＸにはまっていたのもあったし、自分が納得できるまでやらないと、次のことが見えてこなかったから、自分が満足するまでやろう、って１年して東京に戻って、それまで高志とかＢＳとか行ったりしてるの見て、海外の大会とか行ってみたいなって思ってたときに、Dig-itのスキップさんに聞いて、まだ俺はそのころエキスパートだった気がする。それで世界戦行くってなった時もクラスどうしよう、くらいでそしたらスキップさんが「卓馬だったらプロじゃなきゃだめ」ってじゃあせっかくだからって初めてプロクラスで出てって、予選で予想以上に、自分でもここまで乗れたのは初めてくらい乗れて、それでなんとか決勝いけて、そしたら決勝で思ったけれど、日本人って海外でどう思われてるんだろうって思ってたかれど、そういう枠組みじゃなくてピースに見てくれて、失敗しても成功しても盛りあがってくれるし、そういうところで海外の大会はどんどん年に一回は生きたいなー、みたいな。心の中では一回海外に住んで、生活してみたいなーっていうのはあるけど、去年おとといくらいは真剣に考えてて、ヨーロッパの方は行ってみたかったなー。でも家の仕事も、親も大切だし、現状がなかなか厳しいかなと様子を見てるうちに３０手前で、いくなら今いかないとって歳になってきたし、ホントはもっと早く気づいていればいっておけばよかったのかもしれないけれど、そのくらいの歳の時は海外行ってってことは全然考えてなかったし、旅とか普段の生活してるところを抜けてどこか行くっていうのは刺激あるし、そういう意味で旅とか好きかなーって。最近思うのはもっと日本を見た方がいいかなって思ってて。海外も面白いけれど、落ち着くところは日本なんだよね。実際海外に住んだらそっちに一生酢みたいかなって思うかもしれないけれど、今のところ海外は刺激をもとめて、一時的にいってみたいなって。日本を銃弾した旅以上にもっと日本を見たいなってあるし。当時行った時と今とは感じ方も違うし、そのころどこ行っても誰も知らない人ばかりだけれど、今いったら「河村卓馬だ」ってなるのが不思議だよね。園時間の経過が。５年間でこんなに変わるんだ、って。でも今年は沢山動きたい。海外の大会も世界戦だけじゃなくてアジアも行きたいし、ヨーロッパ、落ち着けばチャリ抜きで行きたい国もあったりして。インド寄りの方とか行ってみたいなーとか。ベトナムとか。
　チャリ抜きっていうか、大会抜きっていうか。チャリ持っていった方が面白くなると思う。何か困った時に「チャリあれば」って言う気がする。なんか会った時にチャリさえあれば、って思うかな。音楽やっている人がどこいっても聞かせられるように、そういう意味で自転車はいらないな、って思ったらホテルにおいておけるし。せっかくこういう行き易い時代にいるし、いけるならどんどん生きたいなーと。旅は面白い。

<u><em>照明とか作ってるよね</em></u>

なんで照明、って言われると自分でも考えちゃうけれど、工作みたいなもんだよね。紙で何か作ってるのが面白くて、照明にもなるようなオブジェがいいかな。明るい時にみて面白い形してて、暗くなって電気つけたらまた２度おいしいみたいな。照明のコンテストみたいなのがあって、それになんか出したいなーみたいな。仕事とチャリで最近は全然そういうの作るのとかやってなかったけれど、面白いのが作りたいかな。どちらかっといったらそっちで食いたいかな。自転車よりも。モノを作って。家の仕事もモノを作ることなんだけれど、依頼を受けて、それを作るから、自分で提案をして、作って、食べれたらいいなぁと思う。ビジネス的に考えたらそっちの方がいいかなぁ。それも自分のベースを色々固めて、それでいけそうなら行かもしれないし。半分趣味で作る感じで。

<u><em>将来のプランは？</em></u>

自転車に関して言えば、特に大きな動きはないと思うけれど、自分のスタンスで、やりたいスタイルで、やりたい技やって、大会は今までどおり普通にあれば出るし、去年ＫＯＧを優勝したのを結果にメディアの声も掛かるようになって、自分が力になれれば力になりたいし、今はそこで別にお金どうこうは考えないけれど、そこでなんかしらで帰ってくるものはあると思うし。Ｏｌｌｉｅに乗った生地も北海道の友達も見てくれたりして、自分のことのように喜んでくれた奴がいたりして、そういうのがあると出た意味があるし、励みになるし、そこに出た価値は自分はもうもらっているし、自転車に関しては自分のスタンスで、ヘタに考えこんで、なんかやんなきゃー、ってなってもなかなか歯車かみ合わないから、自分の自分にしかできない表現の方法はあると思うから、俺は俺でやってこうかな、って思ってます。]]>
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    <title>高石　圭　インタビュー</title>
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    <published>2007-05-07T10:47:34Z</published>
    <updated>2007-05-07T11:03:07Z</updated>
    
    <summary>女の子ライダーでもハードコアに乗り続けるライダー、高石　圭。自分のペースを守りつ...</summary>
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            <category term="Cream Interview" />
    
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        女の子ライダーでもハードコアに乗り続けるライダー、高石　圭。自分のペースを守りつつ乗り続ける圭のインタビューです。
        <![CDATA[<u><em>名前、年齢、ライディング歴</em></u>

高石圭、25歳、ライディング歴は4年とちょっと。もうすぐ5年。

<u><em>最初チャリを知ったのは？</em></u>

　19歳くらいのときに、高校の男友達がやってて、こういうのやり始めたんだー、って見たのがキッカケ。最初見た時はなにが面白いのかわからなかった。それを見た2年後くらいに就職して、運動しなくなって、なんか運動しなきゃ、っておもって、人がやらないのをやりたいなーと思って、スケートもやろうと思ったし、その中で、2年前のことを思い出して、これなら自分の知り合いのまわりに誰もいないや、って始めた。

<u><em>誰もやってないのを始めるってすごいね。</em></u>

負けず嫌いだから、最初から負けてるところから踏み込むのがやなんだよね。たぶんね。誰もやっていないなら、こんなのやってんだみたく自慢になるし、それがキッカケ。今はないアパッチでチャリを買いました。専門学校の先生をやっていたときに、生徒がやっていて、どっかお店ある、って聞いたら切り抜きとか色々もってきてくれて、地図載ってるキリヌキをみて、どういうのいえばいいの、って聞いたら完成車を変えって言われて、アークティーズを目指したらアパッチについちゃって、すぐにその場で買っちゃって、しかもその日にたまたまスクールがあって、長田君が先生で、もう本当になんもわからないから、そこで教えてもらったことを家の近くで練習して、月に2回くらい新宿のお店に行って、またそこで教わったことを家の近くで練習して、ってことを3ヶ月くらい続けて、チャリはアシュラを買って。オレンジのアシュラで。ずっとスクールも行っていて、実家（茨木）でもやっている人がいて、その人に埼玉の戸田に坂本潤一郎ってうまい人がいるよ、って話をされて、色んなところから戸田公園駅って聞いてたから戸田公園駅行って、でもいなくて、高架下をずーっと探していたら次の戸田駅が見えてきちゃって、その手前までにはいなかったし、乗れそうなところもなかったから、あの駅まで行ったら帰ろうと思って、駅に付くちょっと手前くらいでみんなが戸田駅の入り口付近で乗ってるのをみつけて、超感動してそのまま輪に入っていって、その当時10人くらいいて。乗る場所がないくらいで、まだ始めたての子たちもいたから、そこにまじって乗ってて、週末は蕨とか近くのローカルを転々と乗りに行って。
　その内芝園団地ってところが一晩中明かりもあるし、そこで一人で乗ってて、今は仕事も変わって近くの舎人公園とかで一人で乗ることが多いかな。戸田にたどり着かなかったら乗らなかったと思います。

<u><em>仕事変わって？</em></u>

仕事が夜だから、さすがに昼間は誰もいないですからね・・・。仕事変わってから2年くらいほとんど一人で乗ってますね。今でこそ孤独には感じないですけれどね。でもどこか行けば誰かと一緒に乗れるし。何かできたり、さみしくなったら見せに行きたい、みたいな。

<u><em>最初に出た大会は？</em></u>

大和田公園であったムラサキスポーツの大会だったかな。それが4年前くらい。初めて半年くらいで大会に出たのかな。最初サカモトさんがやっている大会に行ってみて、大会ってどんなんだろうって思っていたら、ワザも殆ど出来ない子とかも出てて、ああ、こんなんでも出ていいんだって思って、そのムラサキの大会に出ようと思ったんだと思う。
始めて1年くらいでＫＯＧ浅草に出たて、凄い大会だって聞いていて、でもあたしのできることは一緒だから、大会のレベルはどうであれ、出てみたいな、って思った。でも出てみてビックリ、みたいな。みんなの本気具合が。

<u><em>それまでは遠征とかは？</em></u>

遠征とか全然してなくて、中央公園とかに行ったのがプチ遠征とかで、その楽しさを知っちゃって、みんなを誘って色んな大会に行くようになった。

<u><em>初めての海外遠征は？</em></u>

チェコの世界選手権。ずっと海外に行ってみたいっていうのはあって、チャリの大会に、で、そしたらたまたま原君がチェコ行くけれどどうする、みたいな話になって、今回ガールズがあるみたいだよ、ってなってじゃあ絶対行くってなって、よし行っちゃおう、みたいな海外に行くいいチャンスだし、みたいな。

<u><em>大会の雰囲気とかどうだった？</em></u>

大会の雰囲気はあったかいと思った。日本のライダーは見るの盗むの必死で見ているからそんなことないけれど、あっちの人たちの拍手の大きさにビックリした。乗っててキモチいい。

こっちの女の子のライダーとか、自分的に女性ライダーが少ないな、って思った？ＢＭＸの世界で？
最初入った時は、完全に男のスポーツと思っていたから、女が少ないのはあたりまえと思っていたし、今は何にも感じてないけれど、始める女の子は沢山であってくるけれど、次大会であったりするかってそういうこともないじゃないですか。色んなところでどうしたら女の子が続けていけるか、みたく聞かれるけれど、自分は5年乗れてこれてるし、自分が続けてこれた理由を考えても、なんだったのかな、って。自分は単にチャリがおもしろくて、ワザがちょっとづつ出来ていく感覚が楽しくて、すごいじゃんって言われたくてやってるけれどそれが万人に通用する理屈かって言ったらそういうわけじゃないじゃないですか。
だから、どうやったら続けられるかってわからないけれど、男も女も変わらないと思います。

基本的には服とかそういうのは女の子はお金をかけられるけれど、カッコイイって思わせたいって思うのは男の方が多いじゃないですか。これやってモテたい、みたいなのが入り口になったりするけれど、女の子とかそういうのないじゃないですか。アタシみたく単に運動がしたくて始めたとか。見てて単にやりたいと思ったからやる、っていうかそこにたどり着くまでに至らない、見ててかっこいい、だから見ていたい、っていうのが多いじゃないですか。女の子って。でもって回りに女の子がいないからやれない、っていうのも大きいと思うし。アタシも最初に散々苦労して坂本さんたちに会わなかったら、簡単に乗ってる人たちを見つけていたら最初はただ眺めて帰ってしまっていたかもしれないし、あれだけ苦労したから嬉しくて男だけの集団でも話し掛けられただけで。勇気がいることだと思います。力いるし。私は細くなれると思って始めたのに太くなったし（笑）肩とか服入らなくなったし。最初ダイエットも兼ねて始めたのにー。（笑）

<u><em>海外のライダーとか交流したりした？</em></u>

全然なかった。なんかお互いもどかしいっていうか。アタシももどかしいし、あっちももどかしいっていうか。一緒にいてだんだん苦しくなってきちゃって・・・。気まずいなー、みたいな。本当はもっと交流とか出来たらよかったんだけれど・・・。みんなが言ってることがわからなかったから・・・。メアドの交換とかしたけれど、アタシ携帯のアドレスしかないし・・・。メール送ったりしたら勉強できるのかな？英語。

でもみんなうまいっすね。女の子ライダー。いるところにはいるなーと。メチャメチャうまいし、ガッツキ方が違いそう。自転車に対してのモチベーションが男っぽい。西の方の女の子に多いんだけれど、みんな泣いて悔しがったりするんだけれど、ハングリー精神がある気がする。アタシにはそれがない。「ダメだったー」で終っちゃうから。それがあったらまた強くなるのかな、と思うし。自分自身が。泣くほど悔しがってみたいけれど。そこまでいかないんですよね。以外と。

世界戦の時は頭が真っ白でしたね。人がいっぱいいるー、上まで一杯いるーみたいな。圧迫感。でもみんな知らないし、いいかな、みたいな。前の２人が始めたばっかくらいだったからまだ乗れたけれど、前のライダーが上手かったら結構追い込まれてたかも。楽しかったな。

<u><em>仕事とチャリを両立するのはすごく難しいと思うけれど。</em></u>

アタシはチャリを乗るために妥協して仕事を選んでる、みたいな。そりゃガッツリ稼げる仕事がいいかもしれないけれど、中途半端な朝の10時から夜の9時くらいまで、みたいな仕事がイヤで。飲み屋だったら昼間乗れるし。今まで仕事やめてきたのもチャリを乗る時間が減ってきたからやめてきた。今の方収入は少ないけれど全然いい。だから難しいことはないかな。
今考えると、同じ２５でちゃんとしてる人は自分の倍は稼いでるのかな、ってそれもちょっとウラヤマしかったりするけれど、アタシの中では区切りが、結婚しなきゃ結婚しないで続けられるかもしれないけれど、結婚して子供が出来たら乗れなくなっちゃうじゃないですか。だから今のうちにやれるだけやっとこう、って。ってかその前に結婚できるようにも頑張らなきゃいけないんだけれど（笑）そういう限界が絶対あるから、今やっとかなきゃな、って思う。

エリコさんとか冬とか全然載れないのに、10年以上続けてるのが凄いと思う。またあのチャリださないといけないのかな、って思いそうなのに。ストリートもできるし。アタシはロールインで手のひらすりむいてやめた、みたいな。最初の1歩が恐い。だからあそこまで長いキャリアを、キャリアを求めているわけじゃないけれど、エリコさんみたくチャリに没頭できるのもすごいな、目標だったりする。
最初の目標は、エリコさんの8年か9年のキャリアを半分の歳で抜いてやろう、みたいな、そこが目標だった。でもありゃ抜けないな、って思った。最近は。キャリアを積めば積むほどすごいな、っていつまでも目標を立てつづけられるな、自分も誰かの目標になりたいなって思う。でもそういうライダーが増えたら増えたでそれはそれで自分へのプレッシャーかもね。

<u><em>エリンとかはどう思う？</em></u>

ＤＶＤで1,2回しか見たことなかったけれど、あれは見たらヘコむから封印、みたいな。（笑）ああいう風になりたいな、って思うけれど、そう思えば思うほど焦っちゃうから封印。違うところから攻めていきたい、みたいな。同じコトやっていたら負けるから違うことで勝負、みたいな。だからリアトリックに手をつけ始めたんだと思う。アタシとかスクゥエーカーとかニガテなんですよ。みんなやってるし、目立てるわけじゃないし。今となってはニガテなのが恥ずかしい、みたいな（笑）最近男の子とかに教えてください、って言われても「にがてなんできたないんですけれど」って前置きして（笑）教えてる。

<u><em>トリックはどういうものを目指しているの？</em></u>

リアフロント問わず、色んなトリックができるようになりたい。フロントはワザカズが増えればつながってすごくなっていくのが判っているんですけれど、フロントだけやってて壁にブチあたったときに逃げ道がないのが恐いんですよ。飽きっぽいのもあるし、フロント、リア両方やって目立ちたい、っていうのもあるし（笑）それがメインぽいし（笑）それもあってどっもやってるし。両方できたら楽しいし、ストリートも本当は出来たら楽しいと思うけれど。オールジャンルできたら本当はいいですね。バニーホップはできるようになりたいな。ウィリーも。でもみんなと遊びながらやっていると覚えるの早いですよね。ハング５もそうやって、気が付いたら出来ちゃってた。でここまで出来たら円描いてみたいな、って円が描けたら切り替えしてみたいな、みたいな。遊びながらやってたら自分を追い込むことがないじゃないですか。

<u><em>ワールドチャンピオンだしね</em></u>

それがあの後どれだけプレッシャーになったことか。アタシとかそんなに凄くないのに、みんなが凄いことのように話がどんどん膨らんでいって、アタシはどうしていいかわからなくて、ただちっちゃくなってた。一時期チャリやりたくないくらいまで思ってた時期もあった。言われることが恥ずかしい。ヤンマーやヒロみたくあれだけ凄いライダーが、アレだけ多くの上手いライダーの中で上位に食い込んでいくのなら自慢できるのかもしれないけれど、あんな7,8人くらいの人数で、申し訳ない。営業とかには使ってもらって結構なんですけれど、そんな囃子立てないで下さい。アタシ。そういう時期もあったなー、って。
1年たって、ＫＯＧもあって、キモチが切り替わってきたカナと。やっと新しいスタートを切れたかなって。でも海外はよかった。今年もお金があったら海外行きたい。

今年一回は行きたいな。世界の女の子たちを見たいし。すごい子たちをみてカッカして帰ってきて、また乗る、みたいな。日本の中だけだったら見えないし。エリンとか会ってみたいな。ヤラれて帰ってくるとは思うけれど。普通に乗りに行ってみたい。

　でも若い子上手くなるのうまいしなー。アタシも早く結婚しちゃおっかなーとか（笑）でももう少し楽しみたい。ようやく色々なチャンスが開けてきたと思うから。

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    <title>宇野陽介インタビュー</title>
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    <published>2007-05-07T10:40:41Z</published>
    <updated>2007-05-07T10:46:21Z</updated>
    
    <summary>日本のシーンを引っ張る宇野陽介。そのCream#23に掲載されたインタビューです...</summary>
    <author>
        <name>GreenG</name>
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    </author>
            <category term="Cream Interview" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sennproject.com/blog/ja/">
        日本のシーンを引っ張る宇野陽介。そのCream#23に掲載されたインタビューです。
        <![CDATA[　予想を上回り遥かにライダーが集まるコンテストとして年々成長 を遂げて行き、立ち上げのメンツですら運営に追われコンテストに集中 出来なくなる時期も有った。
その度、ジャッジ、運営サイドでKOGを支えた事もあっ た、逃げ出した事もあった。そしてライダーとして果たせて無い日本一 の夢の為、06年シリーズ戦に復帰した。
結論から言うと大きな精神的な壁を越えて得た勝利はみんなにも 大きな勇気を与えれると信じている。そしてみんなから頂いた大きな拍 手や声援は、コレからの自分に大きな勇気を与えてくれた。
最初の火を付けたのが、自分達で、現在は自分も含めた全てのラ イダーのモチベーションを上げる為のコンテストと思う。
だから、それ相当の苦しさも存在すると思うけど、みんなで頑張 ろうと思う。

<u><em>海外転戦を始めた理由。</em></u>

日本、アジア、アメリカ、ヨーロッパ、世界各国すべて、文化も 風習も生活環境も全てが違う、考え方も違う。
だから、全ての国で、自分達ライダーの置かれてる立場は全て違 うと感じてた。
だから、自分自身の必要とされてるライディング技術の他に、そ の場所の状況が知りたかった。
勿論、言葉の壁が在る為、全ての情報収集が的確とは言えないけ ど感じる事は誰にもでも出来る。
ライディングに関して言えば、『アジアにも良いライダーは居る ぜ!』って世界中に知って欲しかった。
その、１番手が"YORK UNO"と言う名前かな...      その、名前でライディングのイメージやシルエットが想い浮かべ れる所まで自分を高めたかったから。そして転戦、挑戦し続け未来を自分達の手で勝ち取る為。
　
<u><em>Aresが生まれた経緯は？</em></u>

97-99年アメリカを転戦してた頃、やはりメインスポン サーはBMXメーカーがベストだって想い出した。
でも、自分を受け入れてくれる所は何所にも無く。受け入れてく れたとしても他人任せでは、どうしようも無いと想い。自分のポジションで仕事をこなせる、世良さんと ARESBYKESを始めました。
ARESBYKESについては今回のインタビューでの、自分が存 在する全ての要素とも言えるのでそれ以上は今回は話しません。
１つ言える事は、ライディングを支える為にそれ以外もオリジナ ルで無いといけないと思います。

<u><em>日本のシーンの構造に関して</em></u>

つい、十年前までは１００人くらいだったflatriderも今は潜在的riderを含めれば4000人くらいに拡大した。なぜ？先ず、日本の１６ー２０歳の世代はBMXを買うために１ヶ月約8ー15万くらいをバイトで稼ぐ。
地方は実家暮らしが多い為、出費をギリギリまで押さえる事が可能である。学校が終わると、バイトとBMXが当たり前の毎日。PRO RIDERは数えるところ10人以下。
内容はパーツ開発、セールス、デモ、コンテスト、メディア出演等の収入をメインとして...
その全てをバランス良くこなしてTOP PROの座を維持してる。
もともと日本人は働き者で、欲しい物が有れば必死に働き得たいものを得ると言う習性がある。あとは勉強熱心で仲間意識が強く、若い世代は特に仲間内での決まり事や習慣が強くライフスタイルに反映される。

90年代後半に入り、伊東高志、岡村旭、田中光太郎、宇野陽介、山本亮 二、森崎弘也と言うスター選手が生まれた。彼らは、常に世界中を一緒に旅して、日本と世界のギャップを若い世代 に伝えると同時に、個々の出身地の違いを越え日本を１つのチームへと 進化させた。個々の役割を的確にこなして、自分達の個性を殺さず新し い個性を見いだし、日本のFLATLANDシーンを今のレベルまで引き 上げた。

更に、竹生ヤスユキ、上原ヒロシ、中村マサシ、山崎ハジメと 言うサブカルチャーをサーポートするライダー達が６人＋このシーンを 支えライダー主体の日本のBMXシーンが確率した。世界と日本の 大きな違いは、文化の浅いこのシーンをライダーがメインで全てをこな してると言う点である。お互い上下無くFLATな立場で、自分達の 任されたポジションを確実にこなして行く事。他の国とは違い、収入、 立場の違いがほとんど無い為、シーン自体が同じ１つのベクトルへと自 然にゆっくり進んで行ける。

<u><em>今の状況</em></u>

しかし、この時代６人を中心に良いも、悪いもバブルが訪れた。2000年に入り、日本のFLATLANDシ－ンのバブルは崩壊したかの様 に見えた。しかし、それは過激に増加した街乗りのBMX、金儲け を先走ったライダー、ビジネスマンに当たった天罰だと自分は捉えて る。もともと乗るに全てを懸けたライダー達にとっては、１試練にしか 過ぎない。

過激に増えたライダーもビジネスもコンテストも次第に元の姿を取り戻 しだした。俺たちが始めた頃の様にバイトして、パーツ買って乗り続け てたあの良き時代に。もともとPRO SHOPなんてほとんど無かった 
このシーンがすこしづつ本物志向になって行き全てが上手く行く。正直、ブームが去れば俺達PRO RIDERの収入も減るだろ う...。しかし、それでも諦めず時代が変わるまで自分達を磨く 事しか、近道なんて有りえない。そして、何時も自分を奮い立たせてる のが、仲間。究極全てを、共に生きギリギリの勝負の世界に身を置く。何時も喧嘩しながらお互いを高め合い、励ましながら生きてる。そして その仲間がすこしづつ増え...

<u><em>サークル・オブ・バランスが日本のシーンにもたらしたものは？</em></u>

05年以降、先日行われたCOBまで正直、有る意味日本のライダーは諦めが脳裏を過ってたと思う。どうして行けば良いのか？何を信じたら良いのか？しかし、やはりあのコンテストにはヒントが沢山隠されてた。
日本に来たライダー達に日本の凄さを感じてもらえたと思う。まだまだ 増加する、日本のFLATライダー。ここ石川、日本の小さなこの土地にも多くのライダーが存在する。ある目標地点がうっすら見えて来た。

それは、日本の政府にBMXが必要な競技だと把握させる事。
エコ、仲間意識の強さ、スポーツ、全ての良い要素を把握してもらい、 関心を高める。そして、自由に乗れる環境の確保を優先する。
それには、誰かがその場所、ポイントでリーダーシップを発揮して１つの答えを提示して行く事。
ここ日本に関して言えば、PRO RIDERがその大きな役割を任されている。だから、自分は広い視野で、強い意志でBMX,FLATLANDを伝えて行ける様に努力したい。

<u><em>最後に何か？</em></u>

メーカ、コンテスト、ライディング、メディアの全てにアートの 要素が存在して、フリースタイルでこのシーンは文化として発展して行 くと思います。なので、今回は自分の考えを世界中のみんなに聞いて頂いた事が 本当に嬉しく思います。

ありがとうございました。　　
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    <title>タジ・ミハイリッヒ　(RideBMX)</title>
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    <published>2006-08-12T00:45:15Z</published>
    <updated>2006-08-12T00:53:50Z</updated>
    
    <summary>テリブル・ワンというバイクメーカーを経営し、Ride BMX唯一の寄稿ライダーと...</summary>
    <author>
        <name>GreenG</name>
        <uri>http://www.kingofground.com</uri>
    </author>
            <category term="Other (BMX)" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.sennproject.com/blog/ja/">
        テリブル・ワンというバイクメーカーを経営し、Ride BMX唯一の寄稿ライダーとして、また自ら小さなZine(小冊子）を作りつづけることでコアなシーンを支えつづけている１人。今から６，７年近く前に、Ride BMXに載ったインタビューを翻訳したものだが、その中身は今も古くなっていない。
当時のRide BMXは本当に毎回いい記事がたくさん載っていたが、最近は大きくなったのはいいが、どうにも安易な方向に走っているように思える・・・。2000年あたり、X-Gamesが始まったあたり、そして創始者のアンディ・マクドナルドが離れて以来、あまり買ってないなぁ・・・。
        <![CDATA[<em><blockquote>　タジは普通の人と違う。他の多くのライダーとは違う振る舞いをし、我々と大きく違う角度から物を見る。唯一彼が「普通」なのは、彼がライディングを愛していると言う事実のみだ。しかし彼のライディングに対する姿勢は決してありきたりなものではない。
　プロへのインタビューの多くが同じ様な事柄について何度も何度も話されがちだが、これは違う。タジ自身が本当に話したい事、その事のみに絞ってみた。人によって、これがタジだ、と見れる人もいれば、理解すらしない人もいるだろう。いずれにしろ、これが真実のTaj Miherichだ。</blockquote></em>

<em><u>　スポンサーを選ぶとき、何を考えて選ぶ？</u></em>

　ライディングは、ずーっと自分にとって大切な物であり、エネルギーと創造力のはけ口、として、絶対仕事にしたくないものであり、絶対傷つけたくないものだ。ライディングを続ける上で、関わらなければいけない事ってあるけど、それが本当に全て、自分の信念に１００％沿ったものかどうか確かめるのに努力し続けている。何故なら、自分のせいでそれをメチャクチャにしたくないから。これから先、自分のライディングにルールや型を嵌めるような事はないんじゃないかな。常に自分がしたい事をやらなきゃ。
　ただ枠を嵌めなきゃなんなくなったら、それがライディングに影響を与えるもので、かつ絶対避けて通れないとしたら、その時はそれを自分の人生の転機にしたい。

<em><u>　なんで１９９７年にホフマンバイクスを辞めたの？</u></em>

　うーん、コンテストに出ることに燃え尽きた。その時はＥＳＰＮのコンテスト全部を回っていて、疲れが抜けなかった。楽しめなかった。正直言ってマット（ホフマン）は一度も「大会に出ろ」と僕にプレッシャーを掛けて来たことはなかったし、もし僕がコンテストに出なくとも、スポンサードを続けてくれると本心から言ってくれていた。でもすっきりしなかった。あのコンテストは好きじゃなかったし、運営方法にも疑問があった。ＥＳＰＮの人間も好きじゃなかった。でもそのコンテストはマットが運営していた。だから僕はチームに残ることは正しいことじゃないと感じた。マットについては、自分が今まで会った人の中で最も凄い人、と言う位にしか言い表せない。彼を一言で表現するには僕には難しすぎる。
　例えそれが数日間の事とは言え、あのコンテストは自転車を仕事に変えてしまっていた。自分の出番だけしか乗れず、ただこなさなきゃいけない事もあった。最悪な警備員や、スケジュールをやりくりしなきゃなんなかったし、それに耐えられなかった。

<em><u>ホフマンバイクスを辞めたとき、すでにTerrible Oneを起こす計画はあったの？</u></em>

　僕はもう自転車の製造に関わる立場からはやる事は何もないというつもりでホフマンバイクスを辞めた。前に言ったように、マットは世界で１番凄い人間だと思っているし、もしマットの為に乗れないというなら、当然他の誰かの為に乗る事はあり得ない。そうすると何か仕事を見つけて、週末乗るために働いて、それが自然の成り行きだったろうね。ライディングは仕事にはしたくなかったから。
　で、いざ自転車を買おうと思ったら、気に入るようなものが見つけられなかった。僕は、興味もあって、自転車会社間の駆け引きや、何がそれぞれの会社の中で起こっているのかという事に深く突っ込んで見たけど、自分が手助けしたいような会社は見つけられなかった。それで暫く自分だけの為に乗った後、色んなことに対して欲求が出て来た。自分に対して思うことにも。「これを１０年もやって来て、何よりも好きな事だ。もっと自分の理想に近くなるようにやって、成功させたい。」それがＴｅｒｒｉｂｌｅ　Ｏｎｅが生まれたきっかけかな。　例え小さな会社でも、そこから生み出される何かと比べることによって、僕がライディングの中に見つけたものを、みんなにも気付かせられる事も出来ると思う。

<em><u>ビジネスをやって行くことはどの位ライディングに影響してる？</u></em>

　大変だね。僕らのビジネスが自転車を作って、売って、２４時間ＢＭＸを扱う仕事だけれど、ビジネスとライディングの区切りをつけるのは上手く行ってる。ビジネスは本当にライディングそのものとは感じないしね。今はまだ違うものと思える。確かに自転車に乗る時間を削んなきゃなんないけど、見方を変えればいいことでもあると思う。規則正しくしなきゃなんない。乗れる時は、ある意味解放されて、それが凄くいい。初心に帰らせてくれる。すごく頭をスッキリさせてくれるし、色んなことを考えさせられる。でもビジネスは本当に難しい。僕の人生を大きく変えたね。

<em><u>去年のウッドワードのＥＳＰＮのコンテストに出たけど、楽しめた？ </u></em>

　うん。あのコンテストは楽しかった。あのコンテストにはＥＳＰＮの嫌な部分が見当たらなかったと思う。ビーチでのコンテストじゃなかったし。何がどうなってんのか何も分かってないような最悪な観客がいなかったからね。ウッドワードでは、皆がライディングするし、さもなければ少なくともライディングが好きな人達だからね。僕にとっての最高の出来事といえば、友達全員がいて、一緒に乗ったり色々出来た。たとえストリートコースで乗れなくとも、外に５０カ所は乗れる場所があった。それがコンテストのいいところだ。・・・友達と一緒に過ごせて、乗れて、楽しめる。

<em><u>今年は何回かコンテストに出るの？</u></em>

　そうだね。結構前向きだね。気にはしてる。コンテストに対して、今は本当に違う視点を持ってる。ウッドワードでは本当に有意義な時間を過ごして、いい順位も取った。（２位）ＥＳＰＮの連中はずーっとインタビューさせてくれ、とせがんできて、奴らに「Ｎｏ」といい続けるのは心の底から面白ろかったね。（笑）そういう事は知ったこっちゃないね。堂々巡りをさせるのはかなり面白かったけど。テレビに出たくない人や、インタビューを受けたくない人の考えを全然分かってない。どーなるんだろうね。
誰も君がコンテストに出なきゃ、と言わなくなってから、プレッシャーが減ったに違いない。

　ああ、それが一番いいことだね。僕とジョー（リッチ）が会社に望む事でもあるし。コンテストをもっと身近なものにしたい。本当に一握りの人間がスポンサードされて、又は望まないのにコンテストに行かされたりしている。コンテストは長い間そういうものとして存在し続けている。コンテストはそんなにマジな物じゃない。でも明らかに”コンテスト”はその名の通り競技、競争という形式をとっているけど、僕にとってコンテストはそういうものじゃない。

<em><u>ライディングの好みは？リアルストリートか、ダートか、それともスケートパークで乗るのが好き？</u></em>

　最近、ストリートに限っては、”奴ら”の為に少ししぼんでる。オースチンでは取り締まりがある。警察は手におえないよ。耐えられない。警官とやりあって、違反キップを切られた時はマジに頭に来たね。それ以来なんか気分が悪くて、ストリートは避けてるんだ。今の僕にとってのストリートは、近くの学校の敷地をマニュアルしたりバニーホップしたりして全力疾走で走り抜ける事ぐらいだな。セッションのために止まって（階段やレールを）吟味したりすることはなくなった。ストリートに関してはこの所進歩がないな。楽しいけど、もうオマワリや警備員と揉めたくないから、そんなにマジに乗り込んだりしない。今乗りに行くのは、僕が全力で乗っていても大丈夫な、誰にも煩わされない、どっかのジャンプスポットか、スケートパークだね。

<em><u>最初、君とジョー（リッチ）がテリブルワンを始めたとき、かなりの注文があったと思うけど、実際そんなに見かけない。その辺はどうなの？</u></em>

　ジョーと僕がこのビジネスを始めたとき、かなり神経質になっていた。チャリンコを作るのがこんなに大変だとは想像すらできなかったよ。僕らは大量生産を請け負う会社に出向いた。彼らは最初の出荷分を４週間で仕上げると約束してくれて、直ぐにプロトタイプを作ってくれた。全てが上手く行っていたハズだった。僕らは１００％４週間後の納期に自転車を受け取れると信じていた。で、６カ月過ぎて、僕らはまだ最初の注文分ですら全部受け取っていない。大量生産の自転車は作りがラフだしね。そんなに大変には見えない、いやたぶん大変じゃないが、でもダメそうだな、と思うことは全部ダメな方向に行ってる。僕らはまだ計画を練り直すとこにいる。ちゃんと製品を受け取れるように、金策について考えて、少なくとも信頼の置けるようなスケジュールを立てるように取り組んでいる。この先も大量の在庫を常時抱えることはできないと思うけど、細く長く、小さな会社であり続けるだろう。少なくともいくらかの注文はあるような。

<em><u>注文の量にビックリした？</u></em>

　本当に驚いたよ。最初のオーダーの１０倍は軽く売れると思っていたし、最初のオーダーは凄いことになると思っていた。（笑）今は、６カ月たって在庫は無く、注文は閑古鳥。広告を打つのにさえヒーヒー言ってるんだから。どーなってんだい。 

<em><u>なんでロビーモラレスとポールブキャナンをスポンサードしようと思ったの？ </u></em>

　そう、２人とも凄いライダーだし、なにより僕らのイメージに合った。どっちもコンテスト命！のライダーじゃないけれど、凄いライダーであることは疑う余地は無い。これは僕らの哲学を実践するのに、彼らがスポンサードされる価値が十分あることを見せるのに、又とない絶好の機会だと思った。それに競技を離れてもいい奴らだし。一緒にいるのが本当に楽しい。僕らにとって、彼らは無くてはならない存在だね。

<em><u>仕事が終わった後、暫く全く自転車から離れたい、と思う？</u></em>

　それがおかしいんだ。馬鹿みたいな事が色々まわりで起こっている時には、なんでこんなことやってんだろう、なんでこんなこと心配してんだろう、と思う。自転車に乗る、という事は僕にとって考える以前に体の一部になっている。チャリンコに飛び乗って、どっかに考えに耽るために乗りに行く。で、乗った途端、なんでこれが自分にとって重要で、意味のあるものなのか思い出すんだ。乗ることが、もう一度自分を集中させて、何をすることが必要か考えさせてくれる。

<em><u>テリブルワンのフレームはスタンダードのフレームに似ている、と言う人がいるけれど、正直言って、ムダがないいいデザインだと思うけど。</u></em>

　僕も飾ってるとこがあるとは思わない。それにスタンダードの自転車が悪い自転車だという気も無い。リック（モリターノ、スタンダードのオーナー）は好かないし、手助けもしたくない。奴がしている色んな事も認めない。だからスタンダードには乗りたくない。それが会社を始めた切っ掛けとは言わないけれど、スタンダードの自転車は凄くいい。多分奴の会社のものじゃなかったら乗ってるんじゃないかな。

<em><u>プロとして必要なものはなんだろう？</u></em>

　辞書に定義されているプロライダーという意味以上には考えた事はなかったな。基本的に自転車に乗ることで金を得ている人、という風には思う。僕自身にとっては、プロ、とはなによりも責任だと思う。ＢＭＸとは何の為にあるのか、と言う事を伝えて行くスポークスマンだ。その責任から僕は逃げ出すことは出来ないだろう。模範になるようにする必要がある。僕が思うに、いったんプロになったら、それだけでこのスポーツをある方向へ、もう１つの方向へ動かしている。ライディングを通してか、又はＢＭＸという産業の中から、誰かを助けたり進歩に貢献したりする事のどちらかで。プロには大きな力がある。だから僕は発展させる方向に向かせる事、又はそうしようとする事に重大な責任を感じる。僕は金より、ＢＭＸその物に対して寄与したいと思っている会社にサポートして欲しいと強烈に感じてる。プロライダーはもっとＢＭＸの世界をよく見据えるべきだと思う。みんなが自身の利益を判断基準にして動いているという話を聞いて、バカ言ってるんじゃないと思う。プロはＢＭＸを発展させる方向に向ける必要があるし、ＢＭＸのＢの字も知らないようなスポンサーからなんかを貰うだけの資格じゃない。マウンテンバイクを作ってる多くの会社の様に、ＢＭＸにハナクソほどの知識も無いのに、なんであのクソッタレ共を巻き込んで、こっちもその手助けをして、自分らの世界の主導権を握らせて、方向性を決めさせているんだ？これは俺たちのものだ。俺たちライダーの。マウンテンバイク会社のクソッタレな猿共の物じゃない！

メディアにおける露出度が最近増えて来て、ＢＭＸにそぐわない様なヘンな会社のスポンサードで金を貰ってる人達もいるみたいだけど、それについてはどう思う？

　僕の回りで起こっている事を見る度に本当に驚いたり、一言言いたくなったり、失望したりする。時々僕の友達も信じらんない事をやってんのを見たりする。自分自身も気を付けないといけないし、彼らにもそれを気付かせなければならない。たまに考えさせられる。彼ら、プロや普通のライダー達が、彼らがやっている事を好きじゃない、とは思わないけど。中には恥さらしな事をして金を稼ぐことを悪いと思っていない奴らもいる。それとこれとは別、という風に割り切れて、楽しんで乗っているなら別にいい。でも僕はそんなに風に割り切れない。僕らがやることは影響力がある。僕は誰かのポリシーを腕ずくでも考え直させたいとは思わないけど、ライディングは僕にとってかけがいの無い物だ。今度はその機会を僕が他の人達に与えて行きたい。人々があの思わせ振りなサングラスのイメージや、いくつかの誇張、紙っ切れを追い回す人間を待ち構えている金への羨望に捉われている間は、ライディングがそう素晴らしいものには思えない。前にも言った様に、僕がしたくない事がされる事で、僕にとっての乗るってイメージが砕かれて、仕事に変わってしまうことを常々恐れている。だから関わらないようにしている。それがさっき言った”責任”に掛かってくるんだと思う。つまり、たくさんのヘンテコな事が続いているけど、言う事を何でもやる奴に幾らでも金を払うクソ共に対して、僕の友達や、他のプロが嘲笑して、そいつらに消え失せろ、と言ってくれることを願う。こういう事をなんら左右出来ないけど、ライディングはカッコよくて、最高のものだから、そういう奴らを自然と拒む雰囲気を作って行ければいいんだけど。現時点で見て取れる、色んな誇張やうわべだけの華やかさは、本当の姿を表してはいない。その答えが何であるかは分からない。もう少しみんな思慮深くなって、金以外に、誰が手助けしているのか、何で手助けしてくれているのか考えてみて欲しい。

<em><u>ジョーと君がテリブルワンをやろうと思った時はどんな感じだった？</u></em>

　ジョーも僕と似た様な事を経験して来てるね。ジョーの事についてどれだけ言っていいか分かんないけど、ジョーがスタンダードを辞めて、彼は全てに幻滅していたように思う。僕も同じ様な感じだった。彼はただ、誰かにこれから何するの？と聞かれたり、スポンサーに悩まされる事無く乗りたかったんじゃないかな。それがちょうど僕がそう思っていた時期と重なった。彼がスタンダードを辞めた次の日、僕もホフマンを辞めた。会社を作るつもりなんて全然無かったけど、僕らの人生は運命づけられていた。彼も僕と同じ境地に達したのだと思う。今までのやり方のままじゃハッピーになれないってね。それはバカげてた。自転車に関わる事に時間を費やしているんだから、僅かでもいいから、少なくともハッピーでいられる場をその中に見つけないとね。

<em><u>それは見つかった？</u></em>

　と思う。別にでっかい商売をしているとか、絶大な権力を持った、とかそういう事じゃない。でも僕らは強力な影響力を持っている。今まで僕らも人とはちょっと違った事をするのに、自分達自身にヤル気を起こそうと回りの人を盛り立てて来ているんじゃないかな。わかんないけど。僕らと同じ立場で考えているような子供達からメチャメチャ沢山の手紙を受け取るけど、その事を本当に見直させられてる。回りからは、子供達は考えたり読んだりしない、ただ写真を見ているだけ、という話をいつも聞かされて来た。みんな本当にそういう風に考えているのかと思うとガッカリする。僕は本当にＢＭＸについて考えている子達がいるのを分かっているからね。そういう子供達から慕われたり、手紙を貰ったりするのはサイコーだ。今のこの立場は気に入っている。基本的にまだ何にも売ってはいないんだけど。

<em><u>テリブルワンを始める前から君とジョーはいうまでもなくいい友達だけど、ビジネスを一緒にやる、という事が友情に大きく影響してる？	</u></em>

　確かにジョーはぼくの親友だ。起業の為に書類にサインをした時、基本的に結婚証明書みたいなもんだ、と冗談を言ってた。ジョーはくそったれな仕事を僕にさせたり、なにかに集中させるのが上手いんだ。いいんじゃない。時々お互いストレスも溜まるけど。一日中狭いオフィスに閉じ込められて、何から片付けて行かなきゃいけないか考えたり、たまに下らないことで口論して、年寄りの夫婦みたくケンカしてる。（笑）本当に似た者同士って事なんだろうね。僕が思うに、僕らはそういう事をどうやって処理するか、仕事上のストレスを友情に持ち込まないようにするかには頭を使ってると思う。ずーっと稽古みたいなものだね。はっきり言って。誰も仕事の為に友情は壊したくない。一種の戦略だな。今その扱いを学んでる。

<em><u>誰か他の人から仕事についてアドバイスしてもらったりしてる？</u></em>

　ああ。僕にとって、マットホフマンとクリスモーラー（Ｓ＆Ｍの社長）は僕らがやりたい様な事を本当に沢山やっているし、それについて尋ねるのはどおって事ない簡単な事なんだ。２人とも僕らと仲がいいし、本当に喜んで手助けしてくれる。前の質問で言ったような事を一通り経験して来てるから、彼らは大きな助けとなっている。

<em><u>ＢＭＸに乗って来て、過去を振り返ってみて、やり直したい事はある？</u></em>

　（笑）それは先月号のライドに書いたサングラスの事だね。小さい頃レースを始めた時、最初に何をすればいいのか分からなかった。だからＢＭＸの雑誌を片っ端から読み漁って、プロの写真全員分に目を通した。それで辿り着いた結論が、もしオークレーのレーザーブレード（サングラスの名前）を着けてレーストラックに行かなかったら、世界で１番のダサイ奴に見られる、って事。（笑）そーゆー物を買うのに多分２カ月分の給料を貯めなきゃなんなかったじゃないかな。

それが子供がプロを見ている、君が思ってる様な事を考えている、という裏付けであると。
　プロは誰かが物を売るのに借りる掲示板代わりだから、僕自身は本当に厳しい規律を自らに課す必要があると思う。僕は自分を貶めるようなことは神に誓ってしない。ＢＭＸが今メジャーな事は素晴らしいと思う。多くの人が始めるようになって、同時に世間への露出も増えて行くだろう。僕はそれでいいと思う。ＢＭＸが健全で、みんながそれに心を砕いて、その成長を助けてるなら。ダメになって乾き切るまで、人が集まっている内に絞れるものは全部絞り取ってやろうという事がないなら。作る側の人間にも望みたい。･･･プロや、思いのままにこの世界の行く末を決められる人々に･･･もっと方向性を持つために努力をする事を。それがこの世界を正しい比率で成長させて行けると思う。
　小手先の技術や何かをを武器に飛び込んでくる大企業が多々あるが、奴らは自分達が何をしているか分かっていない。ＢＭＸの世界に押し入って来て、幾らかの金をかっさらって行く。それでＢＭＸの世界ではそんなに金は稼げない事を悟って、テレビからも忘れられて、収入も見込め無くなったら、結局去って行く。目も当てられない。巷に溢れる大袈裟な表現が、現実よりもっと多くの金がこの世界にあるように見せている。結局、テレビとかそんなもんが無くなれば、ＢＭＸは本当はそんなに大きなものじゃ無かった、って事が分かるんじゃないかな。金が稼げないからそう言った会社は引き上げて、全部おじゃんになる。
　もしＢＭＸの世界を方向性に気を配っていて、金以外にも賭けるものがあるなら、その上大金が動くことが無くなってもまだ残る事があるなら、ＢＭＸは以前の規模で存在し続けるだろうし、健全であるだろう。それは叶うことのない夢だ。ユートピアだ。僕は、すこし責任を持って、たまに企業側の人間を笑う、そんなみんなを見たい。誰かとＸ－ｕｐも出来ないヤロウが現れたら、即座に笑って町から追い出せる様な。（笑）

<em><u>君をストリートでビッグトリックを決める事にこだわらせるのは何？個人的な進歩？それともストリートライディングは今が旬だから？</u></em>

　それに向かってコツコツ積み上げて行って、出来る事を更に上のレベルに持って行く。時にその上のレベルはテクニカルだったり、簡単に出来るトリックを小さなトリックに応用したり、大きい、過激なトリックに挑戦するベースになるものかもしれない。

<em><u>それって精神的なもの？ヤバい、と思って引き下がった事とかある？</u></em>

　そうだね、挑戦するための精神状態に持って行かないで何かをやろうとするとケガするね。不安が少しでも頭をよぎったら、それが頭を離れなくなる。本当に自分との戦いだ。これからやる事は何でも出来るって心に思っていれば、メイク出来る。たまにそう思える根拠が頭の中に見つからなくて、気が狂いそうになる。それが原因で完璧に自信を無くしている事に耐えられなくなる。でも長年乗っているから、行けるか行けないかは分かっているつもりだ。だからその感覚がない時は、諦めないと行けない。

<em><u>キーステラは人のトレールに行く事について、すべてのトリックをする事について言える事は全部洗いざらい見せてくれたが、それ全部への責任は何？</u></em>

　僕はトレールのボスでもなんでもないし、それを語るのに十分な紙面が無いと思うが、それはどうとでもライディングを解釈できる、という事だと思う。でもライディングはトリックが出来る事、という風に見たことは無いな。

<em><u>君はトリックを決める、というより流れを大切にしてる？</u></em>

　誰かのライディングでは１００％トリックよりその流れに目が行くね。最も難しいのはその流れを殺さないようにトリックを織り交ぜる事だと思う。そのレベルに達したなら、もっと信じられないなるね。そうだね、どんな軽いペテン師野郎より、むしろモトクロスのようなスタイルでリズムに乗って走る方に目が行くね。（笑）

<em><u>ベジタリアンらしいけど？</u></em>

　そういう環境に育って来たからね。大学に行っている時は肉を食べていたよ。その後から少しずつ毎日の食事から肉が減って行ったね。

<em><u>今はもう殆ど完璧に動物から作られる製品や、食べ物は使ったり、食べたりしない？</u></em>

　ああ。殆どね。”完璧な菜食主義者”っていう定義が定かじゃないけどね。そんな制約はゾッとするね。僕は出来る範囲でやる。毎日目にする事になったら、食べないようにするけど。

<em><u>それって健康的な理由から？それとも信念か何か？</u></em>

　うーん、肉は健康上の理由から食べないんだと思う。でもだからって昼飯のために殺された何かを裁くなんて出来ない。特に全くの健康なら、肉は食べない。それが良いか悪いか決めようなんて頭に無いね。

<em><u>えーっと、もう十分に紙面を埋めるだけの事は聞いたね。最後にお礼でも？</u></em>

　エトニーズ、フォックス、アルビーズ、プリモ、キンク、オフィスで僕の正気を保ってくれているジョーリッチ、僕をトレールで乗らしてくれるオースチンの子供達、僕らを乗らしてくれるオースチンのスケートパーク、テリブルワンに手紙を書いてくれた子供達みんな、そしてＢＭＸに。 
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    <title>河村卓馬インタビュー(Cream)</title>
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    <published>2006-08-12T00:36:17Z</published>
    <updated>2006-08-12T00:41:38Z</updated>
    
    <summary>2005年度ＫＯＧチャンプ、”神様”こと河村卓馬。そのおだやかな風貌と性格からみ...</summary>
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            <category term="Cream Interview" />
    
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        2005年度ＫＯＧチャンプ、”神様”こと河村卓馬。そのおだやかな風貌と性格からみんなに愛される神様だが、芯に秘めたものは熱い。2006の冬にCream用におこなったインタビューの内容を、ほぼ録音したそのままで載せます。
        <![CDATA[<em><u>名前、歳、ライディング歴、血液型</u></em>

河村卓馬、２９歳、ライディング歴１０年半。血液型はAB型。たいがい誰も血液型を当てたことはないんだよねー。

<em><u>ライディング始めたきっかけは？</u></em>

結構小さい頃から自転車で遊ぶのが好きで、小学校３年生くらい（９歳くらい）のときにレーサーのマングースのチャリを買って、その前の幼稚園の時とかもインチキＢＭＸで家の近くの世田谷公園とかで階段を走り降りたりしてて、小学校３年の時に買ったマングースが１年乗ったか乗んなかったかくらいで盗まれて、見つかったんだけれど壊れてて乗れなくなっちゃって、一旦ＢＭＸから離れてサッカーにはまって、高校位のときにスケボーをやったけれどあまりはまらず、でも何か打ち込むのが好きだからなんかやりたいなーと思っていて、高校卒業して大学で北海道に引っ越して、大学で何をやろうかな、と思いつつ、サッカーもやりたかったし、ＢＭＸがちょうどその頃、テレビＣＭの影響か高校の時でも回りでＢＭＸやりはじめた人が結構いて、ＢＭＸもちょっとやりたいなぁーと思っていて、そしたら大学の先輩が学校の中でやっている人がいて、ちゃんとやっているのを見たらすごく面白そうで、最初に黒いモラレスを買って、その先輩に教えてもらって、その時、函館でチャリをやっていた人は長い人でも１年やったかやってないかってくらいの人ばかりだから、２、３ヶ月くらいやっていたらみんな同じくらいのワザのレベルになって、そっからはもうビデオを見ながら、このワザやろう、っていうのを、教えてくれる人もいないから、自分で見てやっていて。

<em><u>チャリとかビデオとかはどこで買ったの？</u></em>

ビデオはその一緒にやっていた人が持ってたビデオ、Ｂａｃｏ５とかだったかな。を見せてもらって、１年くらい経ったころに、札幌のライダーとつながって、その札幌のライダーが和田直哉とか、沢山ライダーがいて、そっからビデオを貸してもらって、見たのはＤｏｒｋｉｎシリーズのウィリーズとか、Westcoast4130、エッガー、ジェシー、全盛期のころをみて、特にエドガーが好きだった。モラレス乗っていたのもあったけれど、動きが読めないっていうか、スタイリッシュな感じが好きだったねー。で、最初はでも探り探りやっていって、ファンキチキンやったり、ラードヤードやったりで、フロントトリックはそこそこやったんだけれど、当時フロントワザやってたらちょっと腰痛が出てきて、フロントワザよりラードヤード、カブースを多くやっていて、やっぱり多くやっていたワザが面白くなってきて、最初はオリジナルワザを考えたっていうか、１人で乗っていたから、必然的に自分が考えたワザをやるしかなかったっていうか、それを突き詰めて、アレンジを加えて、アレンジを加えて、ってやっている内に今乗ってる方法に変わっていって、オリジナルとか意識するようになったのは東京に戻ってきてからなのかもしれない。北海道は５年と８ヶ月いたね。大学は４年間で卒業して、その後北海道の生活がすごくすきで、卒業してから学生の頃からやっていた居酒屋のバイトをしながら、安いアパート住んで食っていってて、やっぱりチャリを本気でやりたいって思っていて、就職をしなかったんだけれど、したらやっぱり北海道にいると冬が雪積もっちゃって乗れるところも、ないことはないんだけれど、狭かったりなんだりで、なかなか厳しくて。それでチャリを本気でやろうと思って、東京に帰ってきて。で、実家の仕事を手伝いながら、ずっと乗るやり方で、東京帰ってきてなんだかんだで５年たつね。最初はエキスパートから始まり。最初はＫＯＧをエキスパートで出てたころは、プロクラスっていうのはホントに意識してなくて、大会で自分の乗り方が出来たらいいかーくらいで。したらエキスパートで決勝とかいけるようになつて、そうなってくると人間欲が出てきて、「こうなったらとりあえず、エキスパートで優勝いけるかなー」みたいな感じでやってって、運良くっていうか、エキスパートで優勝できて、じゃあもうプロでやろうってプロにあがっていきなり４位になっちゃったりして、やっぱりまわり東京きてからいろんな人のライディングを見てると、高志にしろ、旭にしてもヤンマーやヒロ、光太郎にしても、みんな技の数も多いし、バリエーションも多いし、でも俺は結構偏った乗りかたするから、それで食うっていう意味で言ったら俺はプロクラスではないなー、と思いながらも、出させてもらえてるし、そういう感じで大会の２分間を自分の乗り方で乗って、それをいろんな人に見てもらえたら。でみてる人がそれでよろこんでもらえたらいいなーっていう感じでやってた。

<em><u>チャリで食いたいって気持ちはある？さっき言ってた技数が少ないからとかチャリの技術とかを除いて、純粋にチャリで食えるとしたら？</u></em>

あー、けどね、そこはなんか自分でも全然あんまりそのことについては考えたことはないかな。ま、食えたら食えたでいいのかなって思えるし、やっぱりそれで食うってなると、ライディングのために削らないといけない部分も出てくるし、チャリンコもすごい好きだけれど、遊ぶのも好きだし、チャリと全然ちがう仕事をするのもキライじゃないし、だからプロっていう意識は、光太郎とかと比べたら全然ないと思うね。雑誌の取材も何回かやったことあるけれど、プロでやっていく、ってなったらそこでギャラは、みたいな話になると思うけれど、なんかあんまそこに結びつけるのヤだから、そう言う風にしてまではと思うんだけれど、今の自分のスタイルのままで、そういうサポートについてくれる何かがあるとしたら、すごい面白いかなと思うけれど、現実は難しいだろうなぁっていう。ゲンに光太郎とかヒロとか、プロで食ッテイルやツラがいて、そこがトップにいて、若いコもそこを目指す人も沢山いるもんね。そこのポジションに去年のＫＯＧでシリーズチャンピオンになって、その位置にかなり近いところにいる俺が、やっぱりそういう風にプロになっていかないと、下の若いコも、「ああ、ＫＯＧで優勝しても食っていけないんだな」みたいな感じになっちゃうのもよくないのかな、って思うと俺も自転車こんんだけできんだよ、って方向にいった方がいいのかな、って思うこともあるね。

ホント昔からＫＯＧはあれだけライダーが集まる大会もそうそうないし、優勝どうこうより、みんなで集まって乗るのが楽しくて昔から大会いってるし、でも人によってはＫＯＧだからってピリピリしちゃう人も出てくるのは当然だな、って思うけれどちっちゃい大会でもピリピリするスタイルで出てる人もいるだろうし、中には厳しい意見を言う人もいれば、そういうのを抜きにしてＫＯＧを楽しんでいる人も多いだろうし、そっちの方が多いと思うし、そういうもっと楽しんでるよーって人が増えれば励みになると思うし。

<em><u>卓ちゃんが去年ＫＯＧでチャンピオンになったけれど、ＫＯＧに求めてきたものっていうのは？</u></em>

ＫＯＧはホント、特にプロクラスになってから思ったのは、ライダーにとっての最高のショータイム的な時間かな、と思う。ただ一般の人が大勢いるところでショーをするのとは空気が違う。ＫＯＧのプロクラスに出るのは。ライダーがあんだけ多いなかで見せるってことは、当然プレッシャーもすごいあるけれど、それを乗り越えて気持ちよく乗れた時、キマった時は、まわりが沸いてくれたときは気持ちいいね。それを求めているかも。あの空気を。固い緊張感をヤダっていう人もいるけれど、俺はそれを楽しめるようになった時は、出てて面白い。２分間を１人を独占できるっていう。あとはそこでどんだけ自分をアピールできるかっていう。なかなかその２分間で１００％を出し切れたことは今までないし、そこで優勝を求めている、っていうよりその２分間で、どんだけ自分を１００％に近いパーセンテージで見せられるかな、っていうのが毎回の目標で、だからといってメイク率ばっかを意識して練習するのもイヤだし、だから大会でも２分間を絶対決められる、っていうので使い切りたくないし、自分の自然体を見せきって１００％見せられればそれがベスト。それはＫＯＧに限らず。
去年世界線いったときとか自分出せたかなー、って思っても評価が低かったりもするし、ＫＯＧとかだと自分ではイマイチだったかなと思っても、決勝にのこれたこともあったし、ＫＯＧだと３人でジャッジする、っていうのが自分もエキスパートノジャッジをして、これはジャッジには文句言えないなーって思って。出てるみんなが違うことをやってるから、それを点数つけるとなると誰も文句言わないようにやるとなったらそれこそフィギュアの世界になっちゃうし、もしＫＯＧがそういうスタイルになっちゃったら、出るかなーって思うし。だって１００％出して、この人には勝てないっていうのが見えてきちゃうし。この人に勝つにはこれを出さないであれを出せば勝てるな、みたいになったらフリースタイルじゃないなーって思うし。やっぱりフリースタイルでやっている以上、自分がやりたいのはなんでもいいし、ジャッジの評価もなんでもいいと思うし、結果はそこまで固く意識しちゃうと自分を追い込むだけだし。

普通に順当にいったら、俺から見てヒロに勝てるライダーは普通に見たらいないかなーって。あのテンポでハードトリックをガンガン出してたら、フィギュア的にみたらヒロには勝てないし、でも去年のシリーズ的に見たら俺が１位になれて、２位が光太郎で、３位がヒロで、その時点でＫＯＧはそういう見方で見てるから、誰もが楽しめるんじゃないかな、って思う。みんな思ってるかわからないけれど、俺が優勝したことで、みんなの希望は増えたんじゃないかと思うね。（笑）俺はライディング偏ってるし、そんな飛びぬけてセンスがいいとは自分でも決して思わないし、それでも自分のスタイルを追及して、見せ方を工夫するっていうか、自分の世界観を固めていけば、誰にでも可能性はあると、みんな思うかなぁ、って。そういう影響を与えられたらいいかなと思う。ライディングだけでも面白くないかな、って思う。せっかく音も選べるし、自分の好きな音楽でもいいし、ライディング単品で考えるのではなしに、２分間全体の空気を全体を見て表現できれば、っていうのを考えてるかな。

<em><u>旅自体が好きそうだけれど、卓ちゃんに取っての旅って？</u></em>

俺もチャリに限らず感じることが大切だな、って思っていて、思うがまま、気の向くままって大切かなっておもぅて、学生のころに修学旅行とかあるけれど、決まった流れの中で自分がついてくだけだけれど、旅って言うのを実感したのは大学の４年の時に車にチャリ積んで、北海道から九州まで行ったんだよね。最初は１人で東京まで行って、その時にアキルジャムかなんかにあわせていって、そこで地方、静岡、大阪、名古屋のライダー、旭とか岡山のヒロシとかいて、その辺でつながりをちょっとつながったところで旅を始めたんだけれど、まずはDig-itにいろいろ情報を聞いて、旅したんだけれど、その時一番楽しかったのは出会いだったし、特にライダー同士の出会いがすごく面白くて、みんななんではじめてあった人にここまで優しくできるんだろう、っていうのがあったし、色々トラブルもあって、大阪で友達に携帯水没させられて、電話が使えなくなって、そっから岡山いって、福岡いって、福岡でストームいって、山さんとか会って、どっから来たとー？って「いやー北海道から来ました」って「宿とかどうしとると？」って「まぁ車の中」とか言うったら即答で「ウチとまりに来なよ」って、今までそういうのって実家だったからのかなかったから、凄い新鮮で、いい人だなーって、でもそこで財布を無くし、免許、カード全てなくし、実家から現金だけ送ってもらってなんとか実家まで帰ったんだけれど、でもそうやって人と人のつながりが面白くて、それもあってＢＭＸにのめりこんだのかなぁ。その旅が無かったら、大学卒業しても「チャリンコに」ってならなかったと思う。そのころって迷ってる時期で、就職しようか、実家に帰ろうか考えてて、そういう時に旅して、色々人と出会って、色んな生き方あるな、って思って、その時にＢＭＸにはまっていたのもあったし、自分が納得できるまでやらないと、次のことが見えてこなかったから、自分が満足するまでやろう、って１年して東京に戻って、それまで高志とかＢＳとか行ったりしてるの見て、海外の大会とか行ってみたいなって思ってたときに、Dig-itのスキップさんに聞いて、まだ俺はそのころエキスパートだった気がする。それで世界戦行くってなった時もクラスどうしよう、くらいでそしたらスキップさんが「卓馬だったらプロじゃなきゃだめ」ってじゃあせっかくだからって初めてプロクラスで出てって、予選で予想以上に、自分でもここまで乗れたのは初めてくらい乗れて、それでなんとか決勝いけて、そしたら決勝で思ったけれど、日本人って海外でどう思われてるんだろうって思ってたかれど、そういう枠組みじゃなくてピースに見てくれて、失敗しても成功しても盛りあがってくれるし、そういうところで海外の大会はどんどん年に一回は生きたいなー、みたいな。心の中では一回海外に住んで、生活してみたいなーっていうのはあるけど、去年おとといくらいは真剣に考えてて、ヨーロッパの方は行ってみたかったなー。でも家の仕事も、親も大切だし、現状がなかなか厳しいかなと様子を見てるうちに３０手前で、いくなら今いかないとって歳になってきたし、ホントはもっと早く気づいていればいっておけばよかったのかもしれないけれど、そのくらいの歳の時は海外行ってってことは全然考えてなかったし、旅とか普段の生活してるところを抜けてどこか行くっていうのは刺激あるし、そういう意味で旅とか好きかなーって。最近思うのはもっと日本を見た方がいいかなって思ってて。海外も面白いけれど、落ち着くところは日本なんだよね。実際海外に住んだらそっちに一生酢みたいかなって思うかもしれないけれど、今のところ海外は刺激をもとめて、一時的にいってみたいなって。日本を銃弾した旅以上にもっと日本を見たいなってあるし。当時行った時と今とは感じ方も違うし、そのころどこ行っても誰も知らない人ばかりだけれど、今いったら「河村卓馬だ」ってなるのが不思議だよね。園時間の経過が。５年間でこんなに変わるんだ、って。でも今年は沢山動きたい。海外の大会も世界戦だけじゃなくてアジアも行きたいし、ヨーロッパ、落ち着けばチャリ抜きで行きたい国もあったりして。インド寄りの方とか行ってみたいなーとか。ベトナムとか。
　チャリ抜きっていうか、大会抜きっていうか。チャリ持っていった方が面白くなると思う。何か困った時に「チャリあれば」って言う気がする。なんか会った時にチャリさえあれば、って思うかな。音楽やっている人がどこいっても聞かせられるように、そういう意味で自転車はいらないな、って思ったらホテルにおいておけるし。せっかくこういう行き易い時代にいるし、いけるならどんどん生きたいなーと。旅は面白い。

<em><u>照明とか作ってるよね</u></em>

なんで照明、って言われると自分でも考えちゃうけれど、工作みたいなもんだよね。紙で何か作ってるのが面白くて、照明にもなるようなオブジェがいいかな。明るい時にみて面白い形してて、暗くなって電気つけたらまた２度おいしいみたいな。照明のコンテストみたいなのがあって、それになんか出したいなーみたいな。仕事とチャリで最近は全然そういうの作るのとかやってなかったけれど、面白いのが作りたいかな。どちらかっといったらそっちで食いたいかな。自転車よりも。モノを作って。家の仕事もモノを作ることなんだけれど、依頼を受けて、それを作るから、自分で提案をして、作って、食べれたらいいなぁと思う。ビジネス的に考えたらそっちの方がいいかなぁ。それも自分のベースを色々固めて、それでいけそうなら行かもしれないし。半分趣味で作る感じで。

<em><u>将来のプランは？</u></em>

自転車に関して言えば、特に大きな動きはないと思うけれど、自分のスタンスで、やりたいスタイルで、やりたい技やって、大会は今までどおり普通にあれば出るし、去年ＫＯＧを優勝したのを結果にメディアの声も掛かるようになって、自分が力になれれば力になりたいし、今はそこで別にお金どうこうは考えないけれど、そこでなんかしらで帰ってくるものはあると思うし。Ｏｌｌｉｅに乗った生地も北海道の友達も見てくれたりして、自分のことのように喜んでくれた奴がいたりして、そういうのがあると出た意味があるし、励みになるし、そこに出た価値は自分はもうもらっているし、自転車に関しては自分のスタンスで、ヘタに考えこんで、なんかやんなきゃー、ってなってもなかなか歯車かみ合わないから、自分の自分にしかできない表現の方法はあると思うから、俺は俺でやってこうかな、って思ってます。

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    <title>丸屋薫インタビュー (Craem, 2002)</title>
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    <published>2006-07-11T22:25:14Z</published>
    <updated>2006-07-11T22:31:13Z</updated>
    
    <summary>Creamに初めて取り上げられたライダーの１人、丸屋のインタビューです。...</summary>
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            <category term="Cream Interview" />
    
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        Creamに初めて取り上げられたライダーの１人、丸屋のインタビューです。
        <![CDATA[<em><u>まずは君を知らない人の為に名前と年齢､ライディングスタイル､ライディング歴､君の活動をサポートしてくれている企業の名前を教えてくれる？</u></em>

丸屋薫､２３才､ストリートライダー､ライディング暦は１０年､スポンサーは､ファミリープロダクツ（彼らが立ち上げたBMXフレームメーカー）ヒルトンガレージ（日本のウエアーブランド）サビア（スケートシューズ）モトウェイ（日本のパーツメーカー）、シャープスプロケット､IRCタイア､バイクショップ SBC、UGE（BMX地下組織）

<em><u>ストリートって一言でいってもパークライディングやリアルストリートライディングとかあるけど丸屋はどっち？ </u></em>

今はリアルストリートが中心だね。秋田（日本の北部、冬は雪が多い地域）に住んでいた頃はフラットもやっていたけどストリートも好きだったから環境も良く一年間気象に左右されずにライディングできる東京へ今から三年前に移り住みそれから本格的にストリートを始めたんだ。

<em><u>東京周辺のストリートシーンってどんな感じ？ </u></em>

僕は日本以外でリアルストリートをあまりやった事が無いから日本にあるセクションをレベル的に海外と比較してみる事は難しい。でも雑誌やビデオを見る限り日本のストリートのセクションは海外には負けていないと思う。僕は東京をベースにライディングしているんだけど大都市はもちろん郊外の町や公園の中にはセクションが沢山あるんだ。そういったセクションが造られたのは今から３０年位に日本が経済的に一番発展した時期（高度経済成長期）の頃に建てられたマンションの中や公園の中に数多くあるんだ。それに今も新しい家や街が次から次へ出来ていくからそこには必然的にセクションが生まれていく｡日本の建築家は手が込んでいるモノを造りたがるみたいだからいろいろなセクションがあって面白いよ｡スケートパークに関しては西日本にアジア最大のスケートパーク「ASPO（アクションスケートパーク岡山）」がオープンして話題になっているけど東日本の一般的なスケートパークはファンボックス（ジャンプランプ）がメインで淡白なセクションのパークが多いね。現段階ではパークにあるセクションよりもリアルストリートの方がテクニカルで複雑な造りのセクションが多いと思うな。
<em><u>東京周辺のストリートライダーってどんな感じ？	</u></em>

今まではパークメインのライダーが多かったけど最近はリアルストリートライディングが流行っているせいか街へ出るライダーが増えてきている。リアルストリートをメインにやっている僕としては嬉しい限りだね。それに東京周辺にもトレイルがだいぶ増えてきてダートライダーの人口が増えてきたよ。ようやく乗れる環境が整ってきてリアルストリートライダーやパークライダーもトレイルへ行くようになったし、ダートライダーもリアルストリートやパークへ行くようになって本当の意味でのフリースタイルを楽しめるようになったと思うよ。

<em><u>日本のコンテストってどんな感じ？</u></em>

ストリートコンテストでは最近､ジャムセッションスタイルが主流だね｡一度に4～５人がパークの中に入って決められた時間内で自由に乗りまわすんだ｡人数が多い分､ジャッジは大変だけどライダーはリラックスして楽しみながら乗れるし､それによってコンテスト自体も盛り上がるからギャラリーも一緒になって楽しめるよ｡でも､日本のフリースタイル界は大会の運営やライダーの管理､また､ライダーの活動をバックアップする様な特定の組織っていうものが無いんだ｡だから大会も安定して行われていないし､２つコンテストが同じ日に重なってライダーがそれぞれに分散してしまう事やコンテストのジャッジが曖昧だったりして後で問題になる事もある｡そういった管理面の整備が遅れているね｡フラットはシリーズ戦とかもあるし､全体的にライダーがまとまっている｡ストリートライダーは地域ごとでまとまってはいるけど､全体的なまとまりがないね。日本のフリースタイル界ってまだ１世代目だし､これから世代を重ねる毎に大会も良くなっていくと思うよ｡

<em><u>君のライディングスタイルについて教えて｡ </u></em>

自分のスタイルを言葉で説明するには凄く難しいけど一言でいうなら「ネオオールドスクール」っていうのかな？それは自分が１０年前にBMXを始めた時に見てかっこいいと思った技やスタイルをベースにしながらニュースクール的な要素も取り入れたスタイルなんだ。特にビックマ−フィーやTAJのライディングスタイルに影響を受けた部分が大きいけど、チームライダー（ファミリープロダクツ）それぞれのライディングスタイルからも影響を受けている部分があるね。

<em><u>去年UGPルートジャムに参加したよね｡初の海外コンテストはどうだった？</u></em>

あの時はコンテスト前日にスケートパークで怪我をしてしまい当日はベストなライディングが出来なかったけど､もし全力で乗る事ができたら少しは目立つ事ができたかもしない｡ベストなライディングができなくて凄く悔しかったけどあこがれていたライダーのライディングをナマで見る事ができたし、一緒に乗る事ができて凄く貴重な体験をしたよ。

<em><u>アメリカのBMXシーンにふれて何か感じた事や驚いた事ってあった？</u></em>

「ミッション」っていうチャドディグルートがやっているスケートパークへ行ったら開店から閉店まで１日中ずっと「デスメタル」が大音量で掛かっていたのには驚いた。日本では朝から「デスメタル」を聞く風習が無いからあれにはやられたね。（笑）それとライダー全体のレベルが凄く高くてアメリカのストリートシーンにおけるライダーの層の厚さっていうのを改めて実感したよ。

<em><u>アメリカから帰ってきた後に日本でコアXゲーム（Xゲームの日本版みたいな大会）に出場したよね｡そこで海外の強豪ライダー達と一緒に乗ってみてどうだった？</u></em>

海外の強豪ライダーがやってくるコアXに出場して同じ舞台で一緒に乗ってみたいと思って頑張ってきたから出場できただけでも充分に嬉しかった｡でも実際はセクションとの相性が合わなくて慣れるのに苦労した部分もあったけど､海外とは違って地元(日本)だったし､いつも乗っている仲間も一緒だったから皆で楽しみながらリラックスして乗る事ができた｡そしたら､海外のライダーのライディングを意識せずに自分の実力をストレートに発揮する事が出来て気持ち良く乗る事ができたよ｡

<em><u>これからのストリートシーンを担う次世代のライダーへ何か残したい事とかある？ </u></em>

僕らより先に始めたライダーはBMXを日本に広め､企業にBMXを売り込み､僕らが乗れる環境を残していった｡今度は僕らがこれから上がってくる若手ライダーの為に「BMXが乗れる環境」から「BMXで生活ができる環境」つくりを目指して少しずつ基盤を確立していき次世代へ残していきたいと思う。そしていつか僕らより後に始めたライダーが会社へ就職しようかプロライダーとして生活していこうか選べる位の環境になっていて欲しいと思っているね。

<em><u>このインタビューを読んだ人に向けて君から何かメッセージとかある？</u></em>

日本には凄いライダーやパーク、リアルストリートセクションが沢山ある、それに美味しい女や食い物、酒も沢山あるから皆、是非、遊びに来てほしいな。

<em><u>最後にお礼とか？</u></em>

自分が楽しくライディングできる環境と､そしてそれを支えてくれる仲間達､僕の活動を支援してくれている全てのスポンサーに大きな感謝をすると共に僕のインタビューを企画してくれたクリームマガジン、最後までこのインタビューを読んでくれた皆に感謝します｡
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    <title>東右峰インタビュー　 (Cream, 2004)</title>
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    <published>2006-07-11T22:19:50Z</published>
    <updated>2006-07-11T22:23:26Z</updated>
    
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        最初に写真を撮りはじめたライダー、それが東右峰、UFOだった。もともとのライディングがカッコいいから、カッコよく撮れるのに気づかず、やたらカッコよくとれるのでUFOばかり最初は撮っていた（笑）
その内自分のウデがいいのではなくてUFOがカッコいいからカッコよく撮れると気づいて、ウデを磨くようになりました（笑）CreamのTシャツにもなったUFOのインタビュー、ご覧アレ。
        <![CDATA[<em><u>まず、名前、生年月日、血液型</u></em>

東　右峰、1976/5/6、血液型は O型。

<em><u>チャリを始めたキッカケは？</u></em>

自分でもどれがキッカケだかわからないんだよね。家が自転車屋だし、昔から自転車が好きで、小学校のころにＢＭＸを買ってもらって、それでよく走り回っていた。高学年になると、マウンテンバイクにはまって、山に行くようになって、緑山のレース場に行くようにもなって、ＢＭＸを見て、「ああ、ああいうのもあるんだ」って、その頃にフラットに触れたんだよね。
雑誌でそういうのがある、っていうのは知っていたんだけれど、マルイにあったゲンマンってチャリ屋で見たＢＭＸのビデオの中で、チェィスがディケイドをやっていて、そのときの自分には５回転も６回転も回っているように見えた。今考えてみれば実際は３回転だったんだけれど、ウイップラッシュとか、すごい、って改めてＢＭＸを買ったわけで。フラットをやろう、って。
　その時に原君と知り合った。原君はもうその時点で１年くらい乗っていて、自分とか欲しいから買ってみたって程度で、それで山に行っちゃうような勢いだったし（笑）。でも原君に色々教えてもらったり、技の名前とか教えてもらって、最初の１年くらいはあんまり練習もせず、ヘタクソだった。２年目くらいには原君とは違うのやりたいな、ってそっから５年くらい原君とは違う路線で常にやってきて、今のスタイルになったのかもしれない。

<em><u>５年くらいやって、日本のＪＦＡでプロになって、それでアメリカに行った理由は？	</u></em>

　基本的にアメリカには行きたかったんだよね。チャリ抜きでも。って機会を探していた時に、平栗さんが行く、って話を聞いた。近くのローカルの人と一緒に行く、っていうんで、俺もついていかせてもらった。その時すでに平栗さんとかはもう何回か行っていて、で、向こうでみんなと生活してきた、って感じかな。

<em><u>２回目は？</u></em>

　最初に３ヶ月行った時に、みんなと生活しているのも楽しかったけれど、最後の１ヶ月は自分１人で生活してみたかった。でも金銭的にキツかったからできなかったんで、２回目は１人で金をためて、チャリのために行った。自分が違う国で１人で生活できるのかな、っていうのを知りたかった。
それで最初、サンフランシスコの小さなジャムに行っただけだったけれど、そこで何人か知り合いが出来て、アンドリュー・アローヨとかもいた。そこからマットって奴の家に行って、そこはちょっとライダーズハウスみたくなっていて、ロス・スミスとか住み込みでいたんだけれど、ちょっとしたらケリー・ガットやダン・リグビーとかも来て、なかなかいいメンツだな、ってそこで１月くらい乗り込んでた。ほとんどはロス・スミスといた。

<em><u>そこで得たものは？</u></em>

　こういう生活もあるんだなぁ、と。ライディング的には全然向上しなかったけれどね。向上したのかもしれないけれど、なんか、とにかく向上した、って思えなかった。周りが凄かった、っていうのもあるけれど、以外に３ヶ月って短かったのかもしれない。生活的には長かったのかもしれないけれど、ライディング的には短かかったのかもしれない。毎日乗る生活は悪くはなかったけれど、毎日乗り続けるのも楽しいばかりじゃないな、って分かった。ロス・スミスも毎日乗っていたけれど、彼を見ていても楽しいな、って部分と、苦しいな、って部分が見てとれたし。ロスもやっぱり金銭的な問題が大きかったみたいだけれどね。後、自分が評価される場所があれば、それだけでやっていけるわけで、でもロスくらい凄く出来る人でもやっていける場所が無くて、キツいだろうなって思った。そういうのを乗り超えて、チェイスみたくやっていく人もいるわけで。そういう状況でスキルを積み重ねていくのはすごいよね。年単位で技やコンボに取り組んでこなしていくし。技とか見ていても。引きこもって乗るより、いろんなシーンがあるから、そういうのを見ているほうがいいのかもね。刺激になるし。

<em><u>帰ってきて？</u></em>

　しばらくボケーっとしていたね。何が出来たんだろ？って思ってたりして。自分が満足していないのを凄く感じた。ライディングにも生活的にも。凄くよかったけれど、これを求めているワケではないな、とこういう時間があってもいいけれど、ずっとこういう生活を続けていったらダメになるなと思った。やりたいけれど、もう多分次は許されないって感じた。
　未だにあのころの気持ちはよくわからないね。俺とかそういうのって結構多いからね。あがいて動いた結果を自分で処理しきれていない、っていうか。ＣＦＢとかローカルのみんなで行った時は、面白かったし、帰ってきて凄く上手くなった。刺激があったし。あっちではテンションあがるから、キツいワザとか練習するじゃん。そのままこっちでもキツいワザとか練習できたりして。
でもその１人で行ったアメリカのことは消化できてない。なんの役にたったんだろう。って。みんな乗ることでモノを考えるじゃん。俺もそうだけれど、そう考えると、３ヶ月毎日チャリ乗っていたけれど、あんまり上手くならなかったし、なんかな、っていう。

<em><u>チャリでやろうとしていることは昔と変わらない？ＵＦＯとか絵を書いたり、音楽を聴いたりって好きみたいだし、絵とか特にＵＦＯは時間つぶし、って言っていたけれど、表現には変わりないわけだし、そういった絵や音楽のセレクション、ライディングっていうのはＵＦＯの中で繋がっているの？ </u></em>


　いっしょで、音楽とか絵とか書いている部分が、やっぱりチャリにもあって、それだけじゃなくて、体動かすのが好きなんだよね。それで人より上手く、っていうか競い合う部分も好きだし、そういう